【名古屋大学】日本人の自閉スペクトラム症患者の遺伝的背景を探索 ~国内初の全ゲノム解析結果を活用し、病態ベースの診断へ~

名古屋大学の大学院医学系研究科の古川 佐和子 博士課程学生、医学部附属病院 ゲノム医療センターの久島 周 病院講師、大学院医学系研究科の池田 匡志 教授、尾崎 紀夫 特任教授、環境医学研究所の荻 朋男 教授らの研究グループは、日本人の自閉スペクトラム症(ASD)(注1)トリオ家系(注2)に対して全ゲノムシーケンス解析(注3)を実施し、一塩基バリアントから構造バリアント(注4)、短鎖リピート配列(注5)、ミトコンドリアバリアント、そしてポリジェニックリスクスコア(注6)まで、幅広い種類のバリアントを探索しました。その結果31.6%の患者に病的バリアントの候補を検出しました。
知的発達症を併存するASD患者では、43.5%で病的バリアントの候補が検出されました。特に、3名のASD患者には、PTEN、CHD7、HNRNPH2遺伝子上にde novoの病的バリアントが検出され、遺伝カウンセリングの対象となりました。患者に検出された、タンパク質に影響を及ぼしうるバリアントの遺伝子オントロジー解析(注7)では、バリアントがある遺伝子は「成長の制御」と「ATP依存性クロマチンリモデリング活性(注8)」に集積し、これらが病態に関係していると考えられました。
本研究成果は、2024年11月29日付国際科学雑誌『Psychiatry and Clinical Neurosciences』に掲載されました。

【本研究のポイント】

  • 自閉スペクトラム症(ASD)は、遺伝的背景および表現型が多様な神経発達症であり、その発症には遺伝要因が強く関与する。
  • 本研究では、日本人(名大病院およびその関連病院)の自閉スペクトラム症患者57人と両親で、病的コピー数バリアント(注9)(CNV)が検出されていない群を対象に全ゲノムシーケンス解析を実施し、様々なバリアントを包括的に探索・評価した。
  • その結果、31.6%の患者に既知のASD関連遺伝子上の病的バリアントの候補が検出され、知的発達症を伴う群では43.5%であった。
  • 検出されたバリアントのうち、タンパク質機能に影響をおよぼしうるバリアントがある遺伝子は、「成長の制御」と「ATP依存性クロマチンリモデリング活性」に集積し、これらが病態に関係していると考えられた。
  • 症状からASDと診断されているケースから、病態に基づく診断につながり、ASDに関するより確かなエビデンスを患者に還元することが期待される。

【研究背景と内容】

1.研究背景

 自閉スペクトラム症(ASD)は、社会的コミュニケーションや対人関係の障害、パターン化した興味や活動といった特徴をもつ神経発達症です。有病率は約1%と報告され、発症には遺伝要因が強く関与します。21世紀のゲノム解析手法の著しい発展により、ASD関連の一塩基バリアントやコピー数バリアント(CNV)が全エクソームシーケンス解析やアレイCGH(注10)により検出されてきました。しかし、上記の手法は小規模のCNVやCNV以外の構造バリアントは検出できません。この課題を克服する全ゲノムシーケンス解析は欧米諸国では行われ始めていましたが、日本人のASD患者での実施例の報告はありませんでした。

2.研究成果

 本研究では、我々の以前の研究(Kushima I et al., Biol Psychiatry, 2022)で病的意義のあるCNVが検出されていないASD患者57人および両親のDNAに対して全ゲノムシーケンス解析を実施しました。次世代シーケンサーから出力されたデータに基づき、全ゲノム領域にわたる一塩基バリアント、構造バリアント、短鎖リピート配列を検出しました(図1A)。検出したバリアントのうち、常染色体顕性遺伝形式が想定されるde novoバリアント(患者にはあって両親にはないバリアント)、常染色体潜性遺伝形式およびX連鎖性潜性遺伝形式が想定されるバリアントを抽出し、その中でもタンパク質機能に影響を及ぼしうるバリアントに着目しました。タンパク質機能に影響を及ぼしうるバリアントのうち、既知のASD関連遺伝子上にあるバリアント(病的バリアントの候補)が57人中18人(31.6%)に検出されました。知的発達症を伴う23人のASD患者では10人(43.5%)に既知のASD関連遺伝子上にあるバリアントが検出されました(図1B)。

 また、既知のASD関連遺伝子にかかわらず、タンパク質機能に影響を及ぼしうるバリアントがある遺伝子に着目し、遺伝子オントロジー解析により病態に関わる遺伝子セットを探索した結果、「成長の制御」と「ATP依存性クロマチンリモデリング活性」に集積していました。
 検出されたバリアント情報を使用して、近年話題となっているタンパク質の立体構造予測ソフトウェアであるAlphaFold3(注11)を用いて、患者に検出されたバリアント由来のタンパク質の立体構造を予測しました。その結果、細胞の増殖を制御するPTENタンパク質をコードする遺伝子のバリアントで、野生型と異なるパターンを示す可能性が示唆されました(図2)。当バリアントは、既報でPTENタンパク質の核への移行を阻害することが知られており、AlphaFold3で予測されたバリアント由来タンパク質の立体構造と機能的意義を関連づける例となりました。

【成果の意義】

 本成果を含むゲノム解析の結果を活用することで、「コミュニケーションの特性」などの症状からASDと診断されていた患者に対して、病態に基づいた遺伝学的診断につながります。病態ベースの診断により、ASDに関するより確かなエビデンスを作り、患者に還元することが期待されます。

 本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)脳神経科学統合プログラム(精神・神経疾患メカニズム解明プロジェクト)「統合失調症と自閉スペクトラム症の多階層情報の統合による病態解明」、ゲノム医療実現バイオバンク利活用プログラム(ゲノム医療実現推進プラットフォーム・先端ゲノム研究開発)「精神疾患の個別化医療を実現するためのゲノム・空間オミクス多施設共同研究」「ノンコーディング領域を考慮した大規模ゲノムワイドコピー数変異による精神疾患発症リスク予測モデルの開発」、AMED難治性疾患実用化研究事業「ゲノム不安定性疾患群を中心とした超希少難治性疾患の原因究明・病態理解とマルチオミクス情報を活用した創薬基盤の構築・運営」(ゲノム情報に基づくN-of-1+創薬研究)、日本学術振興会 特別研究員奨励費 23KJ1112, 日本学術振興会 科学研究費助成事業 21K07543, 21H00194、名古屋大学 CIBoG 卓越大学院プログラム(文部科学省補助事業)の支援のもとで行われたものです。

【用語説明】

注1)自閉スペクトラム症(Autism spectrum disorder: ASD):
 社会的コミュニケーションや対人関係の障害、パターン化した興味や活動といった特徴をもつ神経発達症。有病率は約1%と報告され、男女比は4:1で男性に多い。発症に遺伝要因が強く関与することが知られている。
注2)トリオ家系:
 子・両親からなる組のこと。特に両親が健常で子が疾患を有する際の遺伝学的検査で重要である。
注3)全ゲノムシーケンス解析(Whole-Genome Sequencing analysis: WGS):
 次世代シーケンサーを用いた、全ゲノム領域の塩基配列を決定する方法。一塩基バリアント、構造バリアント、短鎖リピート配列といった、さまざまな種類のゲノムバリアントを検出することが可能である。
注4)構造バリアント:
 ゲノム上の50塩基対(bp)以上の欠失、挿入、重複、逆位、転座のこと。注9)のコピー数バリアントは構造バリアントの一部である。
注5)短鎖リピート配列:
 1~6塩基対(bp)の大きさのモチーフを持つDNAの繰り返し配列。
注6)ポリジェニックリスクスコア:
 各個人のもつ遺伝的なリスクをスコア化して、疾患の発症や進展を予測する手法。全ゲノム関連解析(GWAS)の結果から算出される各遺伝的変異のその疾患に対する効果量を、各個人のもつ遺伝子型を重み付けして足し合わせることで求める。
注7)遺伝子オントロジー解析:
 遺伝子やタンパク質の機能を標準化された用語で分類・整理し、特定の遺伝子セットがどのような生物学的プロセス、分子機能、細胞内局在に関連しているかを統計的に評価する手法。
注8)クロマチンリモデリング活性:
 クロマチン構造の変化を介して遺伝子の発現レベルを調節する分子機構。
注9)コピー数バリアント(Genomic Copy Number Variation: CNV):
 染色体上の特定のゲノム領域のコピー数が、通常 2 コピーのところ、1 コピー以下(欠失)あるいは 3 コピー以上(重複)になる変化を指す。構造バリアントの1つである。CNV は、その領域に含まれる遺伝子の発現を変化させ、ヒトの様々な疾患の発症に関与する。その代表例が統合失調症や自閉スペクトラム症等の精神疾患である。
注10)アレイCGH:
 CNVを、マイクロアレイを用いて全染色体レベルで検出する方法。
注11)AlphaFold3:
 アミノ酸配列からタンパク質の構造予測を行う人工知能プログラムの1つで、すでに明らかとなっているタンパク質の立体構造とアミノ酸配列のデータベースをもとに深層学習を用いて新たなタンパク質の立体構造を推定するシステム。前バージョンのAlphaFold2が、2024年のノーベル化学賞受賞対象となった。

【論文情報】

雑誌名:Psychiatry and Clinical Neurosciences
論文タイトル:Whole-Genome Sequencing Analysis of Japanese Autism Spectrum Disorder Trios
著者:Sawako Furukawa, Itaru Kushima*, Hidekazu Kato, Hiroki Kimura, Yoshihiro Nawa, Branko Aleksic, Masahiro Banno, Maeri Yamamoto, Mariko Uematsu, Yukako Nagasaki, Tomoo Ogi, Norio Ozaki, Masashi Ikeda (*は責任著者、太字は名古屋大学関係者)
DOI: doi.org/10.1111/pcn.13767
URL: https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/pcn.13767

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データ提供:大学プレスセンター

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