データサイエンス百景

未来の解像度を上げるデータサイエンス系大学進学情報サイト

【慶應義塾大学】人とAIとの共同作業で手塚治虫の傑作マンガを更新する! 【慶應義塾大学】人とAIとの共同作業で手塚治虫の傑作マンガを更新する!

【慶應義塾大学】人とAIとの共同作業で手塚治虫の傑作マンガを更新する!

慶應義塾大学 栗原研究室

栗原 聡 教授
栗原 聡 教授
KURIHARA Satoshi
慶應義塾大学理工学部
栗原研究室
専門:人工知能/複雑ネットワーク科学/計算社会科学

AI・データサイエンス系大学・学部の研究室では、どのような研究が行われている? 手塚治虫の代表作のひとつ『ブラック・ジャック』。この医学マンガの傑作をAI(人工知能)を活用して現代に蘇らせるプロジェクトが進んでいる。『ブラック・ジャック』の新作制作プロジェクト「TEZUKA2023」のメンバーである慶應義塾大学栗原聡教授に話を聞いた。

『ブラック・ジャック』の新作をAIで生成する

マンガの神様と呼ばれる天才・手塚治虫の代表作のひとつ『ブラック・ジャック』を最先端のAI技術を使って現代に蘇らせるプロジェクトが進んでいる。手塚先生の没後に、往年のファンがいる『ブラック・ジャック』の新作を手がけるというこの野心的なプロジェクトの名前は「TEZUKA2023」。その主要メンバーのひとりが慶應義塾大学理工学部の栗原聡教授だ。

ブラックジャック

栗原教授は、2019年から手塚治虫作品を学習したAIを使って、新作マンガを制作する「TEZUKA2020」というプロジェクトに研究者の立場で携わってきた。手塚プロダクションのクリエイターと共に『AIと人間の共創マンガの実現』を目指したこのプロジェクトでは、『ぱいどん』という作品が生み出され、講談社『モーニング』誌に掲載された。

『ぱいどん』の制作後、栗原教授、手塚プロダクションらが中心となるチームで研究は継続され、この実験的な取り組みは、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)「人と共に進化する次世代人工知能に関する技術開発事業」の採択を受ける。そして、2023年5月、「TEZUKA2023」プロジェクトが始動し、『ブラック・ジャック』の新作制作が発表された。

「前回の『ぱいどん』の制作では、AIの活用はまだまだ限定的でした。その後、ChatGPTやStable Diffusionに代表される生成AIの登場で、AI研究を取り巻く状況は大きく変わりました。「TEZUKA2023」プロジェクトでは、こうした生成AIを積極的に活用していくつもりです。前回は、手塚作品を学習したAIを活用したオリジナル作品の制作でしたが、今回は名作『ブラック・ジャック』の新作をAIと人が共創するという新しい取り組みです。当然、ファンの目も厳しくなるわけですが、それを覚悟の上で挑戦したいと思っています」

『ブラック・ジャック』の新作公開は、2023年11月の予定。2023年は、『ブラック・ジャック』誕生50周年の記念すべき年だという。往年の手塚治虫ファンでなくとも気になるところだ。

「自律・分散型の汎用性AI」を実現する

さて、「TEZUKA2023」プロジェクトにAI研究者として参加する栗原教授は、普段どのような研究をしているのだろうか。研究キーワードは、「自律・分散型AI」と「汎用型AI」だ。

「私が目指しているのは、自律性かつ汎用性のあるAIの実現です。簡単に言うとどこにいてもその場の空気を読んで、あうんの呼吸で人間と協働できる共想AIをつくりたいと考えています。それは、この大規模で複雑な実世界を認識して、自ら判断・行動できる自律・分散型AIのことを指します」

栗原研究室が目指すAI

「自律・分散型AI」とは、中央集権的な管理機能を持たず、個々のAIが現場で自律的に動き、周囲のAI同士で連携しながら機能を果たすAIシステムのことを指す。一方、「汎用型AI」は、将棋やチェスといった特定の分野に強い「特化型AI」に対し、あらゆる場面で活躍するAIと考えればいいだろう。

「自律・分散型AI」とはどういうものか考えるうえで、栗原教授が比喩として挙げてくれたのは、脳の仕組みだ。人間の脳は、大脳、小脳、海馬、脳梁などのパーツが集合してできている。さらに細かく見ると脳神経細胞が集合したものと考えることもできる。脳神経細胞ニューロンの一つひとつは、微細な電気信号を発信することしかできない。しかし、それが約2000億個もあり複雑なネットワークをつくることで、「思考」「判断」「行動」といった複雑なタスクをこなすことができるようになる。栗原教授は、そこに自律・分散型AI実現のためのヒントがあると考えている。

アリが集団になると複雑な秩序が生まれる

「例えば、アリが餌場と巣の間で、長〜い行列をつくりますよね? あのイメージで多数のAIが集まって、巨大なシステムをつくる。それが、自律・分散型AIが目指すものと考えていいでしょう。アリの例のように、自然界では、特別の能力を持たない個体が巨大な集合になることで、複雑な秩序が生まれる現象が起こります。これを『創発』といいます。自律・分散型AIの研究は、創発メカニズムの解明にもつながると考えています」

人間と生成AIの協働で「創発」のメカニズムに迫る

専門用語を整理しよう。栗原教授は、「AI/人工知能」の研究者である。なかでも実現したいのは、「自律・分散型AI」で、それによって「創発メカニズム」の解明に挑んでいる。そして、その研究の具体例となるのが、冒頭に紹介した「TEZUKA2023」プロジェクトだ。

「『ブラック・ジャック』の新作をつくるというこのプロジェクトでは、生成AIをフル活用しています。ただ、人間のように会話できるChatGPTですが、私は生成AI自体に創造性はないと考えています。そういう仕組みにはなっていないのです。大きな発明や創造には、多くの場合、偶発的な要因があります。つまり、アクシデントとして、それが実現してしまったという……。そこで、私は人間と生成AIの共創によって作品を生み出すこのプロジェクトを通して、創発現象のメカニズム解明にも挑みたいと考えています。AIが人間の創造性をどうサポートできるか試してみたいのです」

前回のプロジェクト「TEZUKA2020」で手がけた作品『ぱいどん』の制作では、キャラクターデザインやプロット作成にAIを活用したものの、シナリオや作画の多くの部分は、手塚プロダクションのクリエイターが担った。たった3年という期間ながら、AIの実力はまだまだ新作を「生成」するレベルには至っていなかったのだ。しかし、生成AI時代が到来した現在、「TEZUKA2023」では、オリジナルのシナリオ作成などにも生成AIが活躍することになりそうだという。さらに、栗原教授は、自律・分散型AIの応用研究として、新たな実験にも挑戦している。

自律・分散型AIの応用研究

「今回のプロジェクトで創作したキャラクターに自律・分散型AIを埋め込んで、3Dメタバース空間に解き放つ実験もしています。キャラクター同士がメタバース空間を自由に動き回って、アドリブのストーリーができあがったら面白いですよね」

「自律・汎用型AIと人間が共生する未来」とは?

「TEZUKA2023」プロジェクトをはじめとするさまざまな研究を通して、栗原教授が実現したいのは、「自律・汎用型AIと人間が共生する未来」だ。AIには、人間とは比較にならない圧倒的な記憶力と計算パワーがある。鉄腕アトムやドラえもんのようなパートナーが、先回りして人間のサポートをしてくれるような未来——。それが、自律・分散型かつ汎用型のAIがもたらす新しい世界なのだという。

TEZUKA2023

「超高齢化・少子化社会、人口減少社会を迎えるこれからの日本において、自律・汎用型AIが経済活性化の鍵を握るのは間違いありません。AIの技術開発によって、労働者不足だけでなく、後継者不足による職人の『知』の継承問題も解決できると思います。また、AIにしっかりモラルを持たせることで、壊れかけの民主主義を修復できる可能性もあると考えています。SNSにデマを流すのは生成AIですか? いいえ、その後ろで操作している人間です。過ちを犯すのは、いつでも人間側なのです。包丁が料理道具にも武器にもなるように、AIにもリスクはあります。社会の安全・安心のためにAIを活用する方法を模索していきたいですね」

栗原教授が言うような、その場の空気を読んで、状況に合わせた判断・行動ができるAIが実現されたとき、人間はどのような仕事を担うのだろうか。「AIが人間の仕事を奪う」というフレーズをメディアでよく見かけるが、栗原教授はこれにも異議を唱える。つまり、AIが自らの意思で人間の職業を代替することはなく、結局、人間がAIを使って、仕事の現場を変革しているのだ。ここを理解しておくことは、今後、AIと向き合っていく上で何より重要だという。

必要なのはAIを使いこなす『人間力』

19世紀の産業革命の時代と同様に、古い仕事がなくなれば、新たな仕事が生まれてくる。自律・汎用型AIがすぐ隣にある時代に向けて、若い世代は今、どのような知識を身につけておくべきだろうか。

「生成AIなどに興味があるならば、プログラミングの基礎知識があるのはたしかに強みになるでしょう。しかし、それ以前に重要なのは、生成AIを使いこなす『人間力』のようなものです。具体的には、場の空気を読んで状況を理解する能力、文章を読み解いて文脈を理解する読解力などですね。さまざまな状況を複合的に理解して、論理的に記述できる能力。これが生成AIのプロンプト(命令)に役立つわけです。生成AI時代とはいえ、イノベーションは知識なしには起こせません。気になる分野があれば、専門書を読んで脳を鍛えるのも鉄則です。そして、目の前の社会にもっともっと興味を持ってください。社会への疑問や社会を変えたいという思いをAI研究にぶつけてほしいと思います」

研究室の詳細

慶應義塾大学理工学部 栗原研究室

研究キーワードは、AI(人工知能)、複雑ネットワーク科学、計算社会科学。人と共生できるAIの実現を目標に掲げ、自律性と汎用性を併せ持つAIの研究・開発を行っている。専門的には、群知能、創発メカニズム、複雑ネットワークを主軸とした自律型認知アーキテクチャ(Cognitive Reactor/Neural Reactor)の構築を目指している。
詳細はこちら
慶應義塾大学理工学部 栗原研究室

Text by 丸茂健一(minimal)/Illustration by カヤヒロヤ

UNIVERSITY INFO

慶應義塾大学理工学部
KEIO UNIVERSITY
Faculty of Science and Technology
名門・慶應義塾大学のデータサイエンスの拠点
慶應義塾大学理工学部
名門・慶應義塾大学のデータサイエンスの拠点

11学科で理工系の最先端の学びを展開

11学科で構成される幅広い学びのテーマが魅力の慶應義塾大学理工学部。情報工学科をはじめ、物理情報工学科、管理工学科、数理科学科、生命情報学科など、さまざまな学科で目的に応じて、最先端のデータサイエンスの知見が活用されている。

カテゴリ

私立大学

学部・学科

【データサイエンスを学べる学部】
■理工学部/機械工学科、電気情報工学科、応用化学科、物理情報工学科、管理工学科、
 数理科学科、物理学科、化学科、システムデザイン工学科、情報工学科、生命情報学科
■総合政策学部/総合政策学科
■環境情報学部/環境情報学科
【その他の学部】
■文学部 ■経済学部 ■法学部 ■商学部 ■医学部 ■看護医療学部 ■薬学部

所在地・アクセス

慶應義塾大学 日吉キャンパス(理工学部)
〒223-8521 神奈川県横浜市港北区日吉4-1-1
東急東横線/横浜市営地下鉄グリーンライン「日吉」駅下車すぐ

慶應義塾大学 矢上キャンパス(理工学部)
〒223-8522 神奈川県横浜市港北区日吉3-14-1
東急東横線、東急目黒線、東急新横浜線/横浜市営地下鉄グリーンライン
「日吉」駅より徒歩15分
JR横須賀線「新川崎」駅よりタクシーで約10分

問い合わせ先

慶應義塾大学 理工学部
総務課 TEL:045-566-1454

Photo by c6210 / PIXTA

詳しくはこちら

この記事に紐づくタグ

TOP