【名古屋大学】データサイエンスで集団スポーツの解析に挑む
名古屋大学大学院 行動信号処理研究室
知能システム学専攻
行動信号処理研究室
専門:集団運動/機械学習/スポーツ科学
AI・データサイエンス系大学・学部の研究室では、どのような研究が行われている? スポーツ分析は、アメリカのMLBなどを筆頭に、これまで盛んに行われてきた。しかし、サッカーやバスケットボールのような、選手が複雑に相互作用する集団スポーツの分析は、未だ十分に発展していない。名古屋大学大学院情報学研究科の藤井准教授に、集団スポーツにおけるスポーツアナリティクスの未来について聞いた。
機械学習を用いて、バスケットボールのスクリーンプレーを分類・分析
「サッカーやバスケットボールなど、集団スポーツの試合における時系列データを扱い、予測・分析・評価を行う研究をしています。攻守が目まぐるしく変化し、選手が複雑に相互作用するため、分析パターンは膨大な数になり、それだけ分析の難易度も上がります。最終的には多くの人が利用できる、便利な分析ツールの開発を目標としています」
そう語るのは、名古屋大学大学院情報学研究科の藤井慶輔准教授。学生時代はバスケットボールを選手としてプレー。大学院の時にはコーチを務め、モーションキャプチャーを用いた1対1におけるデータ分析の研究を行なっていた。近年は、複数台のカメラを用いたり、ドローンを活用したりすることによって、試合全体を俯瞰で撮影することが容易になってきた。そこで、藤井准教授は、より複雑で興味深い集団運動の研究にシフトしていったという。
「スポーツにおける集団運動を定量的に分析・評価した例として、バスケットボールにおけるスクリーンプレーがあります。スクリーンプレーとは、守備者となる相手の進路を妨害することにより、味方の攻撃スペースを確保する協力プレーのことをいいます。これまでは専門家が目で見て、スクリーンプレーが生まれた状況やその効果検証を行ってきました。しかしながら、すべての人が客観的に評価できるような定量的分析は実現していなかったのです」
そこで、藤井准教授は、集団運動のパターンを自動分類するため、選手とボールの位置データを用いて、以下の3つの試みを行った。
①特徴を作成して、学習なしで分類
②特徴を作成して、機械学習で分類
③特徴を機械学習で抽出して、分類
特徴とは、データにおける重みのこと。ここでは選手の位置や移動距離、侵入角度を考慮した戦術パターンと大きく認識してもらえればいい。
①の試みのように、位置データを分析して、特徴を作成し、自分でルールをつくって戦術の分類を行うことは可能だと藤井准教授は言う。しかし、目視で確認するため、膨大なデータを扱うことは難しく、領域特有で一般化しない。また、特徴を作成、戦術を分類する段階において、専門知に依存する課題もなくならない。そのため、②や③の試みが重要になってくる。
「②の試みでは、最初に特徴を作成し、機械学習によってそれらの共通点や差異を見出し、自動分類を行なっていきます」
機械学習を用いた自動分類を行うことによって、扱うデータの数も多くなり、それだけ戦術パターンの効果検証の精度も高まる。しかし、まだ十分ではない。依然として、最初の特徴作成の段階における専門知への依存は存在する。誰にでも利用できる分類方法には至っていないのだ。
①と②のプロセスを経た藤井准教授は、その後、③の手法に着手する。
「特徴を抽出する段階から、機械学習を用いることはできないかと考えました。方法としては、ダイナミックに変化する選手間の距離データを、空間的な特徴と時間変化の特徴に分解することで、特徴を抽出していきました。さまざまな試行錯誤を繰り返し、守備戦術、攻撃戦術ともに複数の戦術を分類する場合であっても、同じ方法で正確に分類することに成功しました。データが蓄積することによって、それを活かすための機械学習モデルも複雑になってきます。そのため、抽出される特徴の解釈が困難になってくる場合もありますが、この方法では、自動分類の根拠も併せて生成できるので、分類方法がブラックボックスに陥ることは少なくなっています」
③の手法が確立すれば、大量の試合を自動で分析することが可能になるという。その結果、分析に費やす時間を削減できるし、戦術効果の有無も解釈しやすくなる。ひとつのプレー分析の時間を削減することができれば、他のプレー分析に時間を割くこともできる。毎週、負けることの許されない試合が迫るプロスポーツにおいては、必要とされる技術であることは間違いなさそうだ。
結果だけで評価しない!プロセスを評価できることが重要
機械学習を用いることによって、膨大なデータから選手のプレーや戦術の特徴を抽出し、自動分類を行えることはわかった。では、この定量的な手法が可能になることで、分析時間の短縮などのほかに、どんな恩恵があるのだろうか。
そこで、2019年シーズンJリーグ第34節、横浜F・マリノスとFC東京の試合の1点目が入ったシーンにおける、藤井准教授が分析した結果を見てみよう。
以下の図版で(1)-(2)-(3)とパスを繋ぎ、(6)でシュートを放っている青い印が横浜F・マリノスの選手たち、守備をする側の赤い印がFC東京の選手たちだ。この場面では、守備者(赤)の戦術評価を行なっている。
上記の数式を守備側の視点から見れば、「ボール奪取率」を高めて、「有効攻撃される確率」を低くしたい。そうすれば、守備の価値(評価)が上昇するということになるわけだ。2つの確率を求める際には、機械学習を用いる。パスやトラップなどのイベントデータと、選手やボールの位置などを示すトラッキングデータを組み合わせて、将来ボールを奪えるか、有効攻撃されるかを予測していく。
「守備の価値の数値がプラスの値の場合は、良い守備。マイナスの値の場合は、悪い守備になります。今回のケースでは、結果としては得点を決められてしまったのですが、相手にシュートを放たれてしまった時でも、プラスの値を保っていますので、有効性のある守備を行なっていたことを示しています」
結果としては失点してしまったが、守備のプロセスとしては良い評価ができる。果たして、それが客観的に評価できると、どんな課題を解決できるのだろうか。
「これまでのスポーツ分析やプレーの評価は指導者やプロ選手の経験に依存したり、プレーの結果によって判断されることが多くありました。結果にとらわれない評価ができることは、戦術の有効性を正確に判断することはもちろん、部活動の指導者不足の課題解決にも役立つと考えています。日本の部活動では、そのスポーツを指導する先生に競技経験が少なかったり、そもそも競技経験がないことも少なくありません。そのため、客観的な定量分析を用いることで、指導者の不在や経験不足を補うことができます。また、プレーする選手たちが自分たちの戦術的な動きの有効性を確かめることも可能になり、各部活動レベルの蓄積がスポーツ全体のレベル向上にもつながるはずです」
数年後に実現したいAIスポーツ解析の世界
プロスポーツにおける、高レベルでのデータ分析の活用だけでなく、アマチュアレベルでの活用や課題解決に期待ができることは興味深い。しかし、その利活用の推進や分析精度の向上はまだまだこれから。
藤井准教授が最終的にめざすのは、「スポーツのデジタルツイン」という構想だ。
スポーツのデジタルツインとは、現実世界から取集したデータを使って、仮想空間に同じ環境を再現する技術のこと。画像処理を活用して誰がどこで何をしているかを認識し、機械学習によって分析・分類を行う。もしこう動いていたら?もしこのときパスを出していたら?など複数の選択肢を作成・予測する。これが実現できれば、仮想空間で何千通りものシミュレーションを行うことが可能になる。 現実世界の選択と仮想空間上の膨大な選択肢を繰り返し比較すること。これはもはや、経験豊富なエキスパートの思考をデジタル化して、共有することと本質的な違いはないのかもしれない。
「リアル空間に対する、デジタル空間での予測・評価・提案が実現することによって、スポーツ自体はさらにエキサイティングに、観戦する側もより楽しめるにようになっていくと思います。私が所属する研究室では、サッカーやバスケなどの集団スポーツのほかにも、フィギュアスケートのジャンプを評価したり、競歩の反則判定について研究していた学生もいます。受験生の皆さんも、自分の好きなスポーツについて深く分析してみたいという希望がありましたら、ぜひ名古屋大学の情報学部、そして、当研究室をめざしてください!」
プロフィール
藤井慶輔
名古屋大学大学院 情報学研究科 准教授
1986年生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。博士(人間・環境学)。理化学研究所革新知能統合研究センターの研究員などを経て、2021年から現職。23年3月、名古屋大学の優秀な若手研究者に贈られる「赤崎賞」を受賞。スポーツ科学と人工知能(機械学習)の融合などを研究している。
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名古屋大学大学院情報学研究科
Text by 仲里陽平(minimal)/Illustration by 竹田匡志