データサイエンス百景

未来の解像度を上げるデータサイエンス系大学進学情報サイト

AIエンジニア:AIやデータの知見でビジネスの課題に挑む AIエンジニア:AIやデータの知見でビジネスの課題に挑む

AIエンジニア:AIやデータの知見でビジネスの課題に挑む

松月大輔さん
松月 大輔 さん
MATSUZUKI Daisuke
株式会社サイバーエージェント
Data Science Center
MLエンジニア

企業のAI活用が加速している。大手はもちろん、中小企業でもAI活用で生産効率を上げた事例が話題になっている。そんな現場では、AIを専門的に扱うエンジニアが活躍している。AIエンジニア、機械学習(ML)エンジニアと呼ばれる新しい職業について、株式会社サイバーエージェントData Science Centerに所属する松月大輔さんに聞いた。

AIエンジニアってどんな仕事?

求人が激増中の「AIエンジニア」「MLエンジニア」

サイバーエージェントといえば、新しい未来のテレビ「ABEMA」を思い浮かべる人が多いだろう。ほかにもAmebaブログなどのメディア事業、インターネット広告事業を展開しています。さらに、「ウマ娘 プリティーダービー」で知られるCygamesも同社のグループ会社にあたる。そして、業界的にはAI事業やDX事業にも力を入れていることが知られており、2023年5月には、商用利用可能な日本語LLM(大規模言語モデル)を公開したことでも話題になった。

AIエンジニア

そんなサイバーエージェントで、AI(人工知能)エンジニアとして活躍しているのが、今回話を聞いた松月大輔さんだ。この新しい職業の人々は、具体的に何をしているのだろうか?

「AIエンジニアとは、いわゆるWeb業界、IT業界の中で言われているソフトウェアエンジニアの一種だと自分は捉えています。その中でAIやデータの知見を持って課題を解決することを得意にしている技術者をAIエンジニア、機械学習エンジニアと呼んでいることが多いかなという印象です。機械学習エンジニアは、ML(Machine Learning)エンジニアと呼ばれることも多いですね」

気をつけて見ていると最近の企業の求人広告には、「AIエンジニア」「MLエンジニア」という募集が増えている。いずれも大学院修了が条件のケースが多く、実際にサイバーエージェントでもこの職種に就く社員は、大学院の修士・博士課程修了者が大半だという。ちなみに、松月さんも大学院まで機械学習ディープラーニング(深層学習)を使った研究に取り組んでいた(後述)。

「レコメンド」機能のアルゴリズムをつくる

さて、AIやデータの知見を持って課題解決……ということだが、具体的にはどのようなことをやっているのだろうか?

「例えば、自分が主にやっている仕事の中で『推薦』というカテゴリーがあります。いわゆる『レコメンド』の機能です。イメージしやすいのはECサイトとか動画ストリーミングサービスを利用すると『コレもおすすめ』とその利用者にパーソナライズした商品や作品が表示されますよね? このおすすめを表示するためのシステムを裏側のアルゴリズム(計算手法)から構築するのがAIエンジニアの領域だといえます」

一方で、似た職種に「データサイエンティスト」がある。こちらは課題解決のためのシステム開発自体を担うのではなく、課題解決の施策の効果検証を担うケースや施策の意思決定を行うための分析業務が多いという。ABEMAを例とすると、広告バナーの画像を何パターンか用意して、どちらの方がよく視聴されるのかを検証して、レポートしたりするのが、データサイエンティストの主な仕事領域というような区分けがある。

似た職種に「データサイエンティスト」

ここで松月さんがいう「AIの知見」とは、具体的には機械学習やディープラーニングの知識や技術を指すことが多い。しかし、当サイトの読者であれば、知っている人も多いと思うが、ディープラーニングの技術が脚光を浴び、「第3次AIブーム」と呼ばれるムーブメントが起こったのは、2010年代に入ってから。それ以前から、現在の「機械学習」にあたるAIの基盤技術の研究は行われていた。松月さんは、古典的なAIの手法と比較して、最善の方法を提案することも現在のAIエンジニアに求められる重要なスキルだと語る。

「例えば、自分は学生時代に『画像認識』を専門的に研究していたんです。現在は、画像認識技術の領域だと、ディープラーニングが圧倒的に強い時代なんですね。ただ、ディープラーニングは、計算量が膨大で、システムに大きな負荷がかかります。もしそれを使わずにシンプルな手法で課題を解決できるのであれば、システム的に望ましいみたいなことも起こるのです。システムの負荷が小さい古典的な手法もいろいろあるのですが、とにかく最善の方法を比較して、選択する能力も求められる職業だと思います」

「コンテンツフィルタリングシステム』の構築も

さて、もう少し松月さんの職業に踏み込んでいこう。まず、サイバーエージェントには、大きく分けて3つの事業があるという。1つ目がゲーム事業。最近では、テレビCMでもよく見かける「ウマ娘 プリティーダービー」がヒット中だ。2つ目がインターネット広告事業で広告効果最大化を強みに国内トップクラスの規模を誇る。現在は、広告販売にとどまらず、AIや3DCG等の最先端技術を駆使したクリエイティブ制作も強みになっている。近年は各業界の大手企業との協業を拡大しDX推進に取り組んでいる。そして、最後がメディア事業。こちらは主に一般ユーザー向けのサービスを提供していて、ABEMA、Amebaブログ、公営競技のインターネット投票サービスのWINTICKET、マッチングアプリ「タップル」などの運営を行っている。

ABEMA

「私が主に携わっているのがメディア事業で、ここではAIエンジニアが各サービスのメンバーとして配置されています。自分が所属しているのは、Data Science Centerという組織で、いわゆるメディア事業を横断するような働き方をしています。私が担当している仕事は2軸あります。一つは、マッチングアプリの『タップル』向けに推薦システムをつくっています。そこに付随して、少しデータサイエンス寄りの仕事として、ユーザーの行動調査や満足度調査も行っています。もう一つの軸が、Data Science Centerという横軸組織としての仕事として、社内の『コンテンツフィルタリングシステム』というのを構築しています。例えば、ABEMAのコメント欄には、ユーザーが好きなことを書き込めます。また、マッチングアプリのタップルでは、プロフィール画像を登録など、ユーザーが任意でできる部分が多い。そうすると不適切なコメントを書き込んだり、マッチングアプリだと芸能人の写真をプロフィールに使ったりするような人が出てくるわけです。そういった不適切な表現や行動を自動でキャッチするシステムと考えてもらえればいいと思います」

AIエンジニアが各サービスのメンバー

残念ながら、インターネットの世界では、不適切な表現や行為を目にすることは少なくない。それを人間が目視で探していくのは限界があるだろう。こんなところでもAIエンジニアの知見が活かされていたとは驚きだ。そして、さらに気になるのはマッチングアプリの推薦システム。今どき、「人と人の出会い」をプロデュースしているのもAIなのだろうか?

「タップルのマッチングを裏で支えているのは、まさにAIです。タップルの推薦システムって少し特殊で、例えば、ECサイトの推薦システムだとユーザーが好む商品を順番に並べていけばいい。よりユーザーが買いそうな商品を表示するアルゴリズムをつくればいいわけです。一方で、マッチングアプリは、同じではないのです。例えば、男性と女性のマッチング問題を考えたときに、男性Aが女性Bを好むことがデータから100%わかっていてもそれを素直に表示すればOKではないのです。男性Aが好意を寄せても女性Bがそれを了承しなかった場合、マッチングは成立しません。つまり、最適なマッチングシステムとしては、男性から女性への興味、女性から男性への興味の双方を考慮する必要があるんです。ユーザーが求めているレコメンドとは何か?それを考慮して推薦システムを構築する——ここがサービスの課題の本質でもあると思っています」

この「推薦」「マッチング」というシステムは、ECサイトはもちろん、転職、病院選びなど、さまざまな分野で応用される技術で、IT業界各社が独自のシステムを開発している。サイバーエージェントにも人工知能技術の研究開発行う「AI Lab(ラボ)」という組織があり、そこでは「保育所選び」という社会課題の最適解を「マッチング理論」という経済学の理論から導き出す研究などが行われているという。こうした経済学とリンクした研究も増えており、インターネット上の各種サービスの「最適価格」をAIで導き出す研究なども進められているという。

AIエンジニアに求められる資質とは?

本当に必要なのは課題の本質を見極める力

プログラミングや統計学の専門知識だけでなく、経済学の理論まで……AIエンジニアに求められる知識・スキルはさぞかし膨大なのだろう。そこで、AIエンジニアに求められる資質について、松月さんに聞いてみた。

「何かふわっとした課題の中から、何が核となる本質かを見極めるところが一番大事な素質かなとは思いますね。もちろんPythonなどのプログラミング言語を使いこなす能力や線形代数のような専門的な数学の知識があったほうがいい。また、論文を読み込めるだけの英語力も必要です。その上で、最も重要なのが、課題の本質を見極める力なのです」

意外な答えが出てきたが、これはソフトウェア開発の分野でも同様のことは言われてきた。顧客の課題を解決するためには、どのようなサービスが必要で、そこにはどのようなボトルネック(困難)があるのか。そこを整理して、現実的に可能な解決策を提示するプロセスを組めるかどうかが問われるという。また、IT業界全般に共通する素養として、「変化に追従する力」もますます重要になっている。毎年、新しい技術やサービスを登場し、古い手法はすぐに廃れていく業界だけに、最新の情報を学び続ける意欲があることも大きな強みになると松月さんは力説する。

「核となるような自分の得意領域を持って、そこを極めていくことも重要です。ただ、少なくとも自分が働いている環境では、どんどん広く学ばなきゃいけないということを痛感しています。自分も入社して4年ですが、常に技術のトレンドが変わったりしています。私は、大学院で機械学習などを学んできたわけですが、最近は経済学の理論などにますます興味があります。こうした新しい知識をどんどん吸収していく前向きな人こそ、AIエンジニアに向いていると思いますね」

前向きな人こそ、AIエンジニアに向いていると思います

ほかにも松月さんは、AIエンジニアとして、「手法選択の理由を説明できる力」があると理想的だと語ってくれた。例えば、前述の「画像認識」の課題について、この条件の中では、こういう理由でこの方法がベストであると語れる論理的な思考力が現場では求められるという。

「ここにおいては、大学の研究室で、論文を書くプロセスの経験が活きました。論文を書くときには、必ず関連研究を調べるんですね。そこで、自分の研究テーマに対して、どういうアプローチの選択肢があって、それぞれの特長を調べた上で自分の手法選択の根拠を説明する必要があるんです。流行っているから……とかではなく、すべてのステップで『なぜ?』に答えられる理由を持つ。これが仕事をする上でも重要だと思いますね」

「画像認識」の研究室で機械学習に出合う

そんな松月さんは、大学時代は工学部の電気電子工学系の学科に所属していた。必修科目でプログラミングを習うものの、全体的には電気電子系の科目が多かったという。そのなかで、学部4年次からの研究室配属で出合ったのが、「画像認識」の研究。ここで機械学習など、現在のAIに通じる研究分野に踏み込んでいくことになる。

「専門的にいうと画像認識のなかでも『セグメンテーション』という領域の研究をしていました。簡単にいうと部屋の写真から、これがテレビ、これがエアコン、これがテーブルという領域の区分をサイズと場所まで示すのをセグメンテーションといいます。具体的には、自動運転の物体認識、細胞画像の認識などに取り組んでいましたね。自動運転車だと車載カメラから、ここが道で、ここが歩行者道路で信号があって、ここに歩行者がいてみたいなのを認識するようなものですね。細胞とかでいうと、ここが細胞膜で、ここが細胞核だというのを自動で認識させるわけです。流行りのディープラーニングを使って、これをやっていました」

結局、同じ研究室で大学院に進み、修士時代は論文発表に力を入れていたという松月さん。英語で論文を執筆し、国際学会で発表したこともあったという。学生時代に身につけた研究の目標設定や課題解決のプロセス構築のノウハウは、現在の仕事でも大いに活かされているという。もちろん、画像認識の専門的なスキルも今後のサービスに活かされるチャンスは十分にあるだろう。

AIエンジニアの未来像とは?

「やりたいこと」があるのは大きなアドバンテージ

生成AIの登場で、AIエンジニアの仕事も変化していくことが予想される。最先端の現場にいる松月さんでさえ、来年のことはわからないという。AIエンジニアの仕事もさらに細分化されており、現在はAmazonやGoogle、Microsoftなどが提供するクラウド型のAIサービスを使って、顧客企業の課題を解決するためのシステムを提案したり、それを実現するインフラを整えたりするような仕事もあるという。

インフラを整えたりする

最後に松月さんから、AIエンジニアおよびAIやデータサイエンスの知識を用いた新たな職業に就きたいを思っている受験生にメッセージをいただいた。

「まず大前提として、AIとかデータサイエンスに興味があるというのは、ある種、大きなアドバンテージだと思うんですよね。『やりたいこと』があればこそ、次のステップを考えることができるわけです。その上で、AIエンジニアを目指す人にメッセージなのですが、この仕事ってますます広い意味での職種になっていくので、求められる知識やスキルは、企業や組織によって大きく変わってくると思います。今はいろいろな企業がAIによる取り組みをアピールしているので、まずはそれをチェックするのが重要ですね。公式サイトを見れば、どういう企業がAIをどう使っているのかがわかります。興味があれば、まず身の回りの商品・サービスを提供している企業名+AIとかで検索するとすぐに情報を得られます。そこから自分の未来をイメージして、進路選択ができるといいですね」

取材協力

株式会社サイバーエージェント

「21世紀を代表する会社を創る」をビジョンに掲げ、新しい未来のテレビ「ABEMA」の運営や国内トップシェアを誇るインターネット広告事業を展開。インターネット産業の変化に合わせ新規事業を生み出しながら事業拡大を続けている。主力のメディア事業のほか、インターネット広告事業、ゲーム事業のほか、AI事業、DX事業にも力を入れている。
詳細はこちら
株式会社サイバーエージェント

Text by 丸茂健一(minimal)

TOP