保護者と読みたい! 高校生が「情報Ⅰ」を学ぶべき理由と心構え
代表取締役
2025年1月実施の大学入学共通テストに新科目「情報」が追加されると知って驚いた高校生も多いはず。しかし、衝撃を受けたのは高校生だけではありません。試作問題が公開されると、その高度な内容に大人たちも驚愕したのです。そんななか話題を呼んでいる書籍が『高校生だけじゃもったいない 仕事に役立つ新・必修科目「情報Ⅰ」』(PHP研究所)。この本の著者であり、株式会社NextIntの代表取締役を務める中山心太さんに、高校生が「情報Ⅰ」を学ぶ意義と、必修化に伴う社会の動きについてお話を聞きました。
あらゆる分野に統計の知識が求められる現代社会
――中山さんの著書を拝読し、「情報Ⅰ」の教科書の高度な内容に驚かされました。情報システム系の仕事に幅広く携わってきた中山さんの目から見ても有意義な内容だと感じられますか?
そうですね。これまでであれば社会人3、4年目までに身につけてほしいスキルを、高校生の段階でほとんどすべてカバーしている内容だと思います。特に「ホワイトカラー」といわれる仕事に就く人たちに求められる情報の知識やスキルが網羅されています。
近年の高校では、カリキュラム全体としてこうした実践的な教育に力が注がれていると感じています。例えば数学にしても、以前は理工学系の学問の基礎となる知識を重視していたのに対し、現在は確率や統計といった情報系、ビジネス系につながる内容が充実しています。最近の大学入試では文系の学部であっても「数学A」「数学B」の範囲でやや複雑な統計が出題されるようになってきています。もっと言えば、中学校3年間で標本調査といった学びを習得しておくことが必要になっているんです。統計が必修ではなかった上の世代からすると驚くべきことですよね。
――こうした背景について、中山さんはどのように考えられていますか?
やはり、誰もがコンピュータを使えるようになったことが大きく影響していると思います。そもそも、コンピュータは統計のために発明されたものです。少ないデータの統計であれば、手で解くことが可能です。しかし、膨大なデータを活用した統計は、これまで高性能のコンピュータを所有する専門家にしかできない仕事でした。ところが、家庭用のコンピュータの性能がアップし、スマートフォンも普及したことで、知識さえあれば誰もが統計を活用できる状況になりました。それによって、どんな学問分野や産業においても統計ができる人とできない人で大きな差が開く状況になっています。例えば、文学部だったら『枕草子』の内容を統計解析してみよう、心理学部だったら大規模な実験データから人間の心の動きを解き明かそう、といったことができるようになったんです。本当にあらゆる分野に統計を用いることが求められるようになった。カリキュラム変更の背景には、こうした世の中の動きがあると思っています。
全員がプログラミング“できる”人材になる必要はない
――統計はもちろんのこと、情報分野の知識は社会でも幅広く求められていますよね。
そうですね。コンピュータを触らずに1日を過ごすことのできる職業は、もうほとんど残されていないのではないでしょうか。大工さんの仕事であっても、スマートフォンがないと連絡や管理ができないはずです。そしてIT技術を使いこなすためには、当然ながらその仕組みを知っておくことが重要になります。そういう意味で、社会で求められるIT技術に関する知識のボトムラインが上がってきているんです。若い世代であれば当たり前に学んでいる知識を取りこぼしたまま、会社のなかでキャリアアップしているベテランも大勢いるということですね。
例えば、インターネットが普及する前に社会人になった人たちにとって、パソコンは業務上で必要になるから仕方なく使い方を覚えるツールでした。それがインターネットの普及によって、パソコンは学生であっても気軽に楽しみながら扱えるものになった。友達とつながるのにも、趣味に関する知識を学ぶのにも、パソコンが大きな役割を果たすようになったんです。プログラミングツールにしてみても、昔は環境を整えるまでに膨大な費用と労力が必要でした。しかし、近年では無償のものも増え、小学生が趣味として簡単に始められるものになっています。そうした変化のなかで、パソコンに対する向き合い方も世代によって異なっているように感じています。
――中山さんが代表取締役を務める株式会社NextIntでは、DXやITに関する研修をさまざまな企業に提供されています。企業が感じているITの課題はどのようなところにあるのでしょうか?
私たちが研修を提供するなかで実感している企業の課題は、「挫折者」が「批判者」になってしまうことです。プログラミングをはじめとするIT技術について学ぶ際、一度難しいと思ってしまうと、「こんなもの仕事に必要ない」と批判するようになってしまう人が現れるんです。その理由として、企業側のゴールの設定が間違っていることが挙げられます。というのも、全社員をプログラミングが“できる”人材にしようとする必要はないんです。重要なのは、プログラミングが“わかる”人材を育成すること。小学校の授業で田植えをした人は多いと思いますが、それは農家を育成したいから実施しているわけではありませんよね。普段から口にしているお米がどのようにつくられているのか、その最低限のリテラシーを身につけてもらいたいんです。
社内のプログラミング教育もこれと同じです。全員が学ぶ意義はありますが、全員がプログラムを書ける必要はないんです。現場の課題を理解し、それを専門家に正しく伝えるだけの知識があれば十分です。そこを見誤ると、IT技術の活用が一気に難しくなってしまうんですよね。高校生が「情報Ⅰ」を真剣に学ぶべきなのは、現場の課題や専門家の意見を正しく理解することが求められるからだと考えています。高校生から情報を学んでいたからといって、普通の会社員が専門家に追いつくことは非常に困難です。仕事に疑問を持って、専門家に正しく伝えられれば100点満点なんです。
これからはAI相手に試行錯誤できる人が強い
――これから「情報Ⅰ」を学ぶ高校生に向けて、IT技術とうまく付き合うための心構えなどはありますか?
私は大学で講演することもあるのですが、最近は「藤井聡太はなぜ強いのか?」という話をしているんです。その答えの一つは、「AIを使って将棋の研究をしているから」というものです。
現在の将棋AIは、平均的なプロ棋士よりも、パソコン1台で動作するAIのほうが強くなってしまいました。その結果、AIが考えた指し手をプロ棋士が学ぶ時代が到来しました。この例から何を学んでほしいかというと、AI相手に試行錯誤して学べる人が強い時代になったということです。「情報Ⅰ」に関わる数学やプログラミングにおいても、高校生の範囲であればAIがほぼ完璧に答えを提示してくれると思います。
AIを相手にすることの利点は、怒らないし評価しないというところにあると思います。人間から何かを教えてもらおうとすると、怒られるし評価されるし、それがすごく疲れるんですよね。同時に、教えている側もひどく消耗してしまう。かといって独学には限界があります。詳しい人に尋ねること自体は、成長に欠かせない行為です。しかし、ものすごく怖い行為でもあり、大抵の人は人間相手に失敗するのが怖くて学ぶことをやめてしまうんです。しかし、AIが相手だったらいくらでも失敗できます。恥ずかしい質問だって気軽にできてしまう。そして、そうした試行錯誤を繰り返した人が大きく周囲に差をつけられるんです。「心理的安全性」というキーワードで検索すると、より理解が深まると思います。
この記事を見ている学生の皆さんには誤解してほしくないので言っておきますが、大学や高校では質問したからといって評価が下がることは基本的にありません。なので、先生にどんどん質問してください。しかし、社会に出てから単純な質問ばかりしていると、周囲の評価は下がっていきます。そういうとき、AIが心強い味方になってくれるはずです。
――一方で、AIに質問する上での注意点はありますか?
現時点のAIでいうと、自分で正しさを検証できない質問は避けてほしいと思います。ChatGPTをはじめとするLLMは次に繋がりやすい言葉を予測して生成するAIです。そのため、「確率的に繋がりやすい言葉」を出力するのであって、「事実に基づく言葉」を出力するわけではないのです。一方で検索エンジンは「誰かの書いた事実(らしきもの)」を検索して出力します。よって、生成AIを検索エンジンと同じ感覚で使うと、AIが出力したウソ(ハルシネーション)を人間が鵜呑みにしてしまうことになります。これは非常にまずい。現在の生成AIはそれ単体では検索には不向きなツールです。将来的には検索エンジンと生成AIが融合していくと考えますが、現段階ではAIの回答に対して検証する姿勢を忘れないでほしいと思います。
――最後に、「情報Ⅰ」を学ぶ高校生にメッセージをお願いします。
現代社会はコンピュータの普及によって「読み書きそろばん」の最低ラインのアップデートが年々行われてきており、その集大成が「情報Ⅰ」だと考えます。現代の企業においてホワイトカラーとして働くには、ITパスポート相当のIT知識と統計検定3級相当の統計能力が最低ラインになっています。近い将来には業種に関わらず、どんな企業もその前提で人材を募集するようになると思います。実際、「情報Ⅰ」の共通試験での出題に伴って、国立大卒のITスキルの上昇が見込まれることから、多くの企業が情報系スキルに関する採用基準の見直しを実施しています。共通試験を利用せずに私立大学に進んだ人も、国立大学卒の人と同じ情報スキルを持っているということを証明しなくてはなりません。そのため、大学在学中に情報系資格を取得する人の数はこれからどんどん増加するでしょう。より広い世界で活躍するために、文系理系を問わず高校生のうちから情報分野の学びにしっかりと触れておくことが重要だと思います。
【プロフィール】
中山 心太 さん
株式会社NextInt 代表取締役
電気通信大学大学院博士前期課程修了後、NTT情報流通プラットフォーム研究所(現ソフトウェアイノベーションセンタ、セキュアプラットフォーム研究所)にて情報セキュリティ・ビッグデータ関連の研究開発に従事。その後、統計分析、機械学習によるウェブサービスやソーシャルゲーム、ECサービスのデータ分析、基盤開発、アーキテクチャ設計などを担当。2017年に株式会社NextIntを創業し、現在は機械学習に関するコンサルティングや、ゲームディレクターなどを行っている。著書に『ChatGPT攻略』(KADOKAWA、ところてん名義での執筆)、『高校生だけじゃもったいない 仕事に役立つ新・必修科目「情報Ⅰ」』(PHP研究所)、共著に『仕事ではじめる機械学習』(オライリージャパン)、『データサイエンティスト養成読本 ビジネス活用編』(技術評論社)がある。
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株式会社NextInt
Text by 上垣内舜介(minimal)