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【広島大学】ゲノム編集で鶏卵のアレルギー物質・オボムコイドの除去に成功! 【広島大学】ゲノム編集で鶏卵のアレルギー物質・オボムコイドの除去に成功!

【広島大学】ゲノム編集で鶏卵のアレルギー物質・オボムコイドの除去に成功!

広島大学免疫生物学研究室

堀内 浩幸 教授
堀内 浩幸 教授
HORIUCHI Hiroyuki
広島大学 大学院 統合生命科学研究科
免疫生物学研究室
専門:ゲノム編集/応用分子細胞生物学/免疫学

AI・データサイエンス系大学・学部の研究室では、どのような研究が行われている? 2023年4月、“鶏卵”にある関するニュースが注目を集めた。キユーピー株式会社と広島大学が、主要アレルギー物質である「オボムコイド」を含まない鶏卵を開発し、世界で初めてその安全性を確認したのだ。研究の詳細について、広島大学大学院統合生命科学研究科の堀内浩幸教授に話を聞いた。

「オボムコイド」は加熱しても消えないアレルギー物質

オムライスに卵焼き、クッキー、麺類……。鶏卵を加工してつくられる食品が大好物だという子どもは少なくないだろう。しかし、アレルギーを抱えていることで、こうした食品を口にできない子どもたちがいる。

キユーピー株式会社とともにこの課題に立ち向かっているのが、広島大学免疫生物学研究室の堀内浩幸教授だ。堀内教授は、ゲノム編集を用いたアレルギー低減卵の作出に取り組んでいる。2020年には「オボムコイド」という主要アレルゲンを含まない鶏卵の作出に成功。今回、その安全性を世界で初めて確認した。

オボムコイド

「鶏卵のアレルギーで問題なのは、乳幼児期に発症してしまうケースが多いということです。鶏卵は食物アレルギーにおいて第1位の原因物質。にもかかわらず、乳幼児が口にする食品にも含まれていることが多い。症状を自覚している大人であれば自らの意思で避けることができますが、大人から与えられたものを食べる子どもの場合はそうはいきません。アナフィラキシーショックを起こせば、命に関わる問題となります」

鶏卵のアレルゲンとなる物質は、卵白に含まれるオボアルブミンやオボトランスフェリン、オボムコイド、オボムチン、リゾチームなどのタンパク質だといわれている。多くのタンパク質は熱に弱く、十分に加熱すればアレルゲン性が低下する。しかし、オボムコイドは熱にも消化酵素にも強いため、加熱や消化酵素を用いた加工を施してもアレルゲン性が失われないのである。

「具体的な例ですと、パンケーキをつくる際には卵を使いますよね。その過程で泡立てたり焼いたりすることで、タンパク質はほとんど変性してしまいます。そうすると、アレルギーの原因物質にはなり得ないのです。しかし、オボムコイドだけは物理化学的な安定性が高いものですから、パンケーキになっても残ってしまう。鶏卵は季節性のインフルエンザワクチンや麻疹のワクチンをつくる上でも用いられているので、ワクチン接種によって鶏卵アレルギーが発症してしまう場合もあります。ここにも、やはりオボムコイドが関わっていたのです」

ゲノム分析によって安全性を確認、社会実装が最大の目的

ゲノム分析

長年に渡ってニワトリの病気や免疫機構の研究に携わってきた堀内教授。ニワトリに関連して新たなテクノロジーを応用できないかと着目したのが鶏卵アレルギーだった。

「オボムコイドを含まない鶏卵があればアレルゲンのない加工食品ができるはずだと考え、10年以上前から遺伝子組み換え技術を使ってチャレンジを重ねました。しかし、この研究では完全にオボムコイドをなくすところまでたどり着きませんでした。転機となったのは、キユーピー株式会社さんとの共同研究が始まったこと。そのなかで、最新のテクノロジーであるゲノム編集技術を活用してオボムコイドを取り除くことができれば、食品の安全性も高まり、遺伝子組み換えよりも進めやすいということになりました。今回、ようやく安全性の確認をする段階にまで至り、喜びを感じています」

安全性の確認

堀内教授が今回の研究を進める中で意識していたのは、最終的に社会実装できるレベルのものを完成させなくてはならないということだった。従来の手法ではオボムコイドを完全にノックアウトすることが難しかったため、広島大学が独自開発したPlatinum TALENというゲノム編集技術を活用。海外の技術と比較して特許面での交渉が容易である点も、独自技術にこだわった理由のひとつであるという。こうしたこだわりは、研究に用いたヒヨコの品種にも反映されている。

「今回、横斑プリマスロック種とロードアイランドレッド種という2品種でオボムコイドを機能させなくしたヒヨコを準備しました。これらを交配させることで、日本オリジナルの品種を生み出すことができるからです。日本における鶏卵の自給率は低く、多くを海外からの輸入に頼っています。それを用いて研究を行うと、せっかくアレルギー低減卵を作出したとしても、権利の関係で商品の価格が高くなってしまう。アレルギーに悩む多くの人々の食卓に届きやすくするため、できるだけオリジナルの品種にしたいという思いがありました」

もちろん社会実装の大前提となる安全性についても、ゲノム編集の過程で副産物や遺伝子の変異が生じていないか多様なアプローチから調査。データサイエンス技術を活用し、すべてのゲノム配列を解析したうえで、別の遺伝子の挿入や他の遺伝子への影響が全くないことを明らかにした。

「2000年にヒトのゲノムの塩基配列の解析が行われましたが、当時は解析機を何百台も部屋に並べ、1日中機械を動かして塩基配列を読んでいました。それが今や、たった1台の機械を用いて数週間で読める時代になったのです。ゲノムは1本の棒状をしていますが、それを断片に分けて解読し、最後にコンピュータ上ですべてをつなぎ合わせることができる。そうした技術を用いてゲノム編集したニワトリと通常のニワトリを比較しながら全ゲノム解析を実施し、変異が生じていないことを確認しました」

アレルギーに悩む人々のため、より安全に普及させるための準備を進める

安全な加工方法についても分析がほとんど終わっているという今回のアレルギー低減卵。これからは研究成果を論文として報告するとともに、より多くの人に食べてもらうための取り組みを進めていくのだという。

「私たちの卵は、アレルギーを持たない人には必要のないものです。一方で、すべての卵アレルギーを持つ人に対して安全性を保証しなくてはなりません。鶏卵にはオボムコイド以外にも複数のアレルゲンが存在しており、オムライスなどの半熟料理においては別のアレルゲンが作用してしまう可能性もあります。こうした場合にも、消費者の理解不足を言い訳にすることはできません。1度でも間違いが起こってしまえば受け入れられなくなってしまうので、安全に食べていただくための加工方法をきちんと線引きした上で世の中に出したいと考えています」

より安全性を高めるために、今後は医療機関と連携した臨床試験にも取り組みたいと堀内教授は話す。同時並行して、流通に向けた生産拠点をつくるために養鶏メーカーの方々とのディスカッションも進めているのだという。最後に、研究者をめざす学生に向けて示唆に富んだメッセージをいただいた。

「私たち研究者の大切な役割は、科学的に裏付けされた研究成果をわかりやすく、誤解のないかたちで世の中に発信・普及させていくことです。これからの時代を生き抜いていく上で、皆さんにも間違った情報を鵜呑みにしない知識と、それを発信するための力を身につけてほしいと思います」

研究室の詳細

免疫生物学研究室

家禽のゲノム編集技術の活用を中心に、「家禽の精子の生化学的,分子生物学的解析」、「ニワトリ抗体を活用した難治性疾患の診断法への活用」などの研究テーマに取り組む。医薬品や食品との親和性が高く、企業との共同研究も多く実施している。
詳細はこちら
免疫生物学研究室ホームページ

Text by 上垣内舜介(minimal)/Illustration by カヤヒロヤ

UNIVERSITY INFO

広島大学大学院統合生命科学研究科
HIROSHIMA UNIVERSITY
Graduate School of Integrated Sciences for Life
世界をリードする生命科学の教育研究拠点で次世代の研究者を育成
広島大学大学院統合生命科学研究科
世界をリードする生命科学の教育研究拠点で次世代の研究者を育成

幅広い生物学・生命科学の分野を専門的に深める

理学、工学、農学、医学という従来的な学問分野における生物学・生命科学の幅広いスペクトルを、教育効果及び現代社会のニーズの観点から分けた7つの基盤的な学位プログラムで構成される。これらは、それぞれ独自のキーワードを持つと同時に、他の学位プログラムと相補的、統合的にキーワードを共有している。

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問い合わせ先

生物学系総括支援室
TEL:082-424-7904

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