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【東京大学】ループ型演算回路で「光量子コンピュータ」を実現する! 【東京大学】ループ型演算回路で「光量子コンピュータ」を実現する!

【東京大学】ループ型演算回路で「光量子コンピュータ」を実現する!

東京大学大学院 武田研究室

武田 俊太郎 准教授
武田 俊太郎 准教授
TAKEDA Shuntaro
東京大学大学院
工学系研究科 物理工学専攻
武田研究室
専門:量子光学/量子情報科学

AI・データサイエンス系大学・学部の研究室では、どのような研究が行われている? 量子コンピュータの未知なる可能性に世界中が注目している。各国で多様な方式の量子コンピュータ開発が進められるなかで、異彩を放つのが「光量子コンピュータ」の研究だ。この分野で長年研究に携わる東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻の武田俊太郎准教授に話を聞いた。

スパコンで1万年かかる計算を約3分で解いた

世界で量子コンピュータの開発競争が激化している。2019年には、「Googleが開発した量子コンピュータが、最先端のスーパーコンピュータで1万年かかる計算を約3分で解いた」というニュースが話題になった。

現在もアメリカ、ヨーロッパ、中国など各国では、数千億円規模の研究資金を投じて、量子コンピュータ研究の大プロジェクトが進められている。Google、Microsoft、IBMなど巨大テック企業もそれぞれ独自の量子コンピュータを開発しており、その成果に注目が集まる。もちろん、日本の企業や大学でも量子コンピュータの研究開発は進められている。

「コンピュータの進歩は、国の産業や安全保障を支える柱となります。今や自動運転システムや治療薬の開発から天気予報まで、すべて最新のコンピュータが担っています。だからこそ、どの国も企業もいち早く量子コンピュータを実用化させるために必死なのです」

そう語るのは、東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻の武田俊太郎准教授だ。専門は、量子光学、量子情報科学。現在は、量子コンピュータ研究のなかでも異色のアプローチとされる「光量子コンピュータ」の開発に取り組んでいる。

量子コンピュータ

「0と1の重ね合わせ」を用いた新しい計算原理のコンピュータ

ここで改めて、量子コンピュータとは何かを説明しよう。まず、現在、一般的に使われているコンピュータは、トランジスタと呼ばれる電気的なスイッチのON/OFFの切り替えを利用して、「0」と「1」の2進法で計算を行っている。皆さんが日々使っているパソコンの中には、CPU(中央演算処理装置)と呼ばれる数センチ四方の小さなチップが内蔵されていて、そこにトランジスタが10億個レベルで詰まっている。

つまり現在のコンピュータである「電子計算機」は、2進法の単純な計算をものすごい回数こなしているのだ。電子計算機が電気スイッチのON/OFFという物理現象を用いて計算を行うのに対し、量子コンピュータは「量子力学の物理現象」を用いて計算を行っている。どういうことだろうか?

「現在のコンピュータで用いる0、1という情報単位を『ビット』と呼びます。これに対し、量子コンピュータでは、『0と1の重ね合わせ』を情報単位として使います。これは『量子ビット』と呼ばれるもので、量子力学の原理に基づいたアイデアです。この量子ビットは、扱いが難しいもののうまく活用できれば、従来のコンピュータをしのぐ大量の情報を一度に処理することができます。これは、まったく新しい計算原理のコンピュータなのです」

現在のコンピュータで用いる0、1という情報単位を『ビット』と呼びます

独自開発の「ループ型光量子コンピュータ」

量子コンピュータの開発現場では、現在さまざまな方式による研究が進められている。主流とされているのが、GoogleやIBMが開発に注力する超伝導方式。ほかにもイオン方式、半導体方式などがあり、それぞれ量子レベルの現象を用いて計算を行っている。

これに対し、武田准教授が手がけるのは、光方式の量子コンピュータだ。これは光の粒子である「光子」を量子ビットとして扱う方式で、光子の通り道となる回路をつくり、そこを光が通り抜ける過程で計算が行われる。

東京大学武田研究室の実験室にある「光量子コンピュータ」の演算回路
東京大学武田研究室の実験室にある「光量子コンピュータ」の演算回路

光方式のメリットは、超伝導方式などで必要な冷凍・真空装置が不要で、常温・大気中で動作すること。また、高速な計算処理が可能であること、光を用いた量子通信との相性がいいことといった利点もあり、近年その研究が目覚ましく進展しているという。

「光量子コンピュータでは、絶えず動き続ける光子を用いて計算を行います。演算回路は、光の経路に従って並べられるのですが、計算が大規模化すると量子ビット数や計算ステップに比例して、回路がどんどん巨大化してしまいます。これでは汎用化は難しい。そこで、私は光子の量子ビットを一列に並べてループ構造をつくる『ループ型光量子コンピュータ』のアイデアを考案しました。これなら1個のループ型回路を使って、繰り返し何度も演算を行うことができます。これによって、光量子コンピュータをコンパクトに実現する道が見えてきました」

ループ型回路

光量子コンピュータの研究は、海外でも活発だ。2020年には、中国がある特定の計算において光量子コンピュータで最先端のスーパーコンピュータを破る「量子超越性」を達成し、大きな話題を呼んだ。さらに、2022年にはカナダのベンチャー企業Xanadu(ザナドゥ)も「量子超越性」を有する光量子コンピュータを開発し、誰でも使えるクラウドサービスを公開した。

量子コンピュータの研究者を増やしたい!

武田准教授の研究室も負けてはいない。「ループ型光量子コンピュータ」のアイデアを年々進化させ、2023年には、大規模な計算を最小回路で実行できる同方式のプロトタイプを世界で初めて完成。3個の光パルス(3量子ビット相当)で計算できる光量子コンピュータの原理実証に成功した。この研究成果は、物理学の分野で最も権威がある専門誌のひとつ「Physical Review Letters」のオンライン版(2023年7月25日付)に掲載された。

原理実証した光量子コンピュータ

ここでは、技術的に詳しい話には踏み込まないが、日本国内でも世界が注目する研究が進められているのは間違いない。

武田准教授が量子力学(量子物理学)に出合ったのは学生時代のこと。東京大学工学部物理工学科古澤明教授の研究室で、「量子テレポーテーション」と呼ばれる摩訶不思議な現象を実現する実験装置を見て、衝撃を受けた。まるで、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』に登場するタイムマシンのような配線がぐちゃぐちゃした装置を見て、これを自分の手でつくりたいと直観的に思ったという。

そのまま同研究室に配属になった武田准教授は、量子コンピュータの研究にのめり込んでいく。そして、大学院博士課程まで光量子コンピュータの研究をやり遂げた後、量子力学の周辺領域の研究経験を経て、現在に至る。

武田准教授

「光量子コンピュータが実用化レベルに達する道のりは、山登りに例えるとまだ1合目か2合目というのが実状です。しかし、日本には光に関するユニークな技術が多数あり、その蓄積からも光方式に可能性を感じます。光量子コンピュータの研究成果は、大容量光通信、量子センサーといった別の研究にも応用できます。光子という量子レベルの物理現象を活用した革新的な技術を日本から世界に向けて発信したい。そのためにも私が専門とする量子光学、量子情報科学という分野の研究者の層を厚くする必要があります。物理学に面白さを感じる人は、ぜひ量子コンピュータの世界に飛び込んできてください!」

プロフィール

武田 俊太郎
東京大学大学院 工学系研究科 物理工学専攻 准教授

1987年、東京都生まれ。2014年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。博士(工学)。自然科学研究機構分子科学研究所助教を経て、2019年より現職。専門は量子工学、量子情報科学。著書に『量子コンピュータが本当にわかる! 』(技術評論社刊)がある。

研究室の詳細

東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻 武田研究室

光量子コンピュータとその応用を専門とする研究室。独自開発の「ループ型光量子コンピュータ」の開発を行うほか、量子系の振る舞いを解き明かすシミュレーター、大容量光通信技術、超高精度な量子センサーなど多彩な応用研究も狙っている。
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東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻 武田研究室

Text by 丸茂健一/Photo by 小島マサヒロ/Illustration by 竹田匡志

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AI・データサイエンス系のTOP研究室が集結
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情報技術で社会変革を!メタバース工学部にも注目

「情報、ネットワーク、メディア」技術で社会を変革し、文化を築くことを目指す電子情報工学科、情報に形を与え、モノに命を吹き込むことを目指す機械情報工学科などAI・データサイエンス系を学べる学科が多数ある。ディープラーニング(深層学習)の「松尾研究室」、人間拡張工学の「身体情報学分野 稲見・門内研究室」などのTOP研究室に入れる可能性も広がる。2022年7月設立の「メタバース工学部」も注目だ。

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