東大松尾豊教授と考える「生成AI時代の教育」とは?
ChatGPTに代表される生成AIの教育現場における取り扱いに注目が集まっている。生成AIは教育現場にとって脅威となるのか、それとも進化を加速するパートナーとなるのか。今回は、東京都品川区の私立中高一貫校である品川女子学院で行われた東京大学松尾豊教授による「AIと教育」に関する教員向け研修を取材した。
文部科学省が学校向け生成AIガイドラインを発表
2023年7月4日(火)、文部科学省は「初等中等教育段階における生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン」を発表した。これは、ChatGPTに代表される生成AIの小・中・高校における取り扱いのガイドラインを暫定的に示したもの。読書感想文など各種コンクール参加やレポート提出などにおいて、生成AIによる生成物をそのまま自らの作品として提出することは適切でないなどの指針が具体的に示された。一方で、グループ活動においてメンバーの意見をまとめたり、アイデアを集めたりする活動の途中段階で生成AIを使用することは、足りない視点に気づかせるうえで有益だという記述もあった。
そこで、対応を求められるのが全国の学校現場だ。全国の小・中・高校では、AIおよび生成AIをどのように活用していく方針なのだろうか——。そこで今回は、現場の取り組み事例として、東京都品川区の品川女子学院で、7月1日(土)に教員向けの「AIと教育」に関する研修が行われると聞き、取材に伺った。
東大松尾豊教授直伝のChatGPT活用術
講師として登壇したのは、東京大学大学院工学系研究科/人工物工学研究センターの松尾豊教授。言わずと知れた日本のAI研究の第一人者だ。当日は、松尾教授のほか、最先端のAIを用いて学校教育をアップデートする研究に取り組む研究室の学生3名も参加し、プレゼンテーションと質疑応答を行った。
研修はまず松尾教授によるAIに関するレクチャーからスタート。機械学習、ディープラーニング(深層学習)から生成AIへという流れを押さえた上で、ChatGPTとはどのような仕組みのAIなのかが細かく説明された。
さらに、注目を集めたのが松尾教授直伝のChatGPT活用術。ChatGPTを家庭教師として、生徒一人ひとりに向けた個別最適化教育の事例が具体的なやりとりと共に紹介され、参加した教員の皆さんが熱心にメモを取っているのが印象的だった。
学校ごとに専用AIが導入される時代へ
その後、話題は学校現場でのChatGPTの具体的な活用へ。ChatGPTの導入→組織専用GPTの構築→LLM(大規模言語モデル)を使った業務改革DXへの流れが具体的な方法とともに示された。LLMとは、ChatGPTでも用いられる膨大なテキストデータによってトレーニングされたAIモデルのこと。言わば学校専用の用語や業務を理解するAIと考えていいだろう。これによって、教育現場のワークフローも大きく変わる可能性があるという。
そして、締めは気になる「生成AI時代の人材育成」について。ここでは、コミュニケーション力、歴史・思想・価値観などの教養、数理的な科目の理解など、歴史的にずっと重要だったものは、今後も重要であり続ける可能性が高いという松尾教授の考えが示された。「AIが人間の仕事を奪う」という話題に流されるよりも今こそどのような知識とスキルが次世代に求められるのか、教育現場も一緒に考える必要があるだろう。
松尾研究室の学生によるプレゼンテーション
続いて、東大松尾研究室の現役学生3名による研究のプレゼンテーションが行われた。いずれもテーマは公的な社会課題の解決や教育現場を改革するような野心的な発表だった。
まずは、大学院工学系研究科機械工学専攻博士課程3年の熊崎亘平さんによる「自治体でのChatGPT活用事例」の発表。香川県三豊市と実証実験中のChatGPTを用いたゴミ出し案内Botの事例が紹介された。
これは家庭ゴミの分別ルールの案内を会話形式で行うサービスで、多言語にも対応している。これはAIを駆使して、ベトナム人住民が多い同市の課題を解決する好事例といえるだろう。熊崎さんは、これを地域の学校の広報にも横展開できるのではないかと考えている。
続いて、大学院工学系研究科技術経営戦略学専攻修士2年の高城頌太さんによる「教育×ChatGPTプロダクトデモ」。まず、ChatGPTの教育分野での可能性が語られた。具体的には、読書感想文作成、レポート作成はもちろん、AI家庭教師、シラバス作成、選択問題作成など、教員の負担を減らす方法も具体的に示された。
同じく、大学院工学系研究科技術経営戦略学専攻修士2年の小路光さんは、AIを使った現代文(国語)の自動採点や英文エッセイの自動添削の可能性について発表を行った。AIが自動で表示した英文の添削内容やネイティブが使う表現による例文、コメント内容などが例示されるとモニターをのぞき込む教員の皆さんから思わず声が上がっていた。
松尾研究室の学生との質疑応答ダイジェスト
ラストは、品川女子学院の教員から松尾研究室の学生への質疑応答へ。気になったQ&Aをダイジェストで紹介しよう。
- Q:数学の作問は可能か?
- A:ChatGPTに外部ツールを組み込めばできる。記述問題の作問も可能だ。
- Q:学校現場ならではの書類の自動化は可能か?
- A:OpenAIの有料サービスを使えば、生徒の個人情報を保護する形で、推薦書類などの自動化ができる可能性は高い。
- Q:英語教育においてどのような活用法があるか? スピーチの原稿作成などを生成AIに頼れば、生徒が身につけるべき力が不明確になり、「活用せよ」とは言えずにいる。
- A:正解はないが、例えば、ある海外大学の学生からは、教員から「ChatGPTをどんどん使ってほしい」と指導されていると聞いた。教員自身が生成AIを脅威と感じていない。生成AIを活用した学びの可能性こそ追究すべきだ。
- Q:中高生でも松尾先生の授業を受けられる?
- A:松尾教授のオンライン講座は、無料ですべての国内外の学生に向けて開講されており、すでに受講者は年間5,000人を超えている。今後、年間1万人→20万人へとスケールアップしていく想定だ。すでに中高生の受講生も多く、オンラインながら双方向型の授業も行われている。松尾研究室のWebサイトやTwitterなどで講座の情報を得ることができる。
生徒と関わる時間を増やすためにAIを活用したい
研修後、中等部で美術科を担当する塩崎裕香先生に話を聞いた。AI活用の具体例を聞き、学校の広報関連の業務の自動化などに期待を寄せているという。
「品川女子学院の広報業務を担当しているのですが、ひとつのイベントに関する文章をWebサイト、LINE、予約システムなどに転用するのに時間がかかっていることに課題を感じています。こうした業務を自動化して、生徒と関わる時間を増やしたいですね。また活用場面としては、文化祭の展示などに関するアイデア出しに、ChatGPTなどを組み込んで、議論を深めてみたいと思いました」
教育現場での生成AI活用は、まさに始まったばかり。試行錯誤の中で、次のステップが見えてくるに違いない。品川女子学院のような中高一貫校でどのような活用が広がるのかも気になるところ。文部科学省によるガイドラインの今後にも注視が必要だ。
右から松尾豊教授、熊崎亘平さん、高城頌太さん、小路光さん、松尾研究室学術専門職員・武田康宏さん
最後に、松尾教授の授業を他大学の学生だけでなく、中高生も受講できるというのは、AIに興味のある全国の生徒にとって耳より情報だろう。気になる人は東大松尾研究室のサイトで最新情報をチェックしてほしい。
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東京大学松尾研究室
Text by 編集部