【滋賀大学】データサイエンスを駆使して、社会の隠れた課題を可視化する!
滋賀大学データサイエンス学部
伊達研究室
データサイエンス学部
伊達研究室
専門:社会学/家族社会学/比較社会学/社会調査
AI・データサイエンス系大学・学部の研究室では、どのような研究が行われている?文理融合型の教育に取り組んでいる滋賀大学データサイエンス学部では、数理科目だけでなく、文系科目も多数開講されている。データサイエンス学部で、社会学分野におけるデータサイエンスの実践を行う伊達准教授に話を聞いた。
社会学におけるデータサイエンスの実践を学ぶ「社会調査実践演習」
文理融合の幅広い学びを展開している滋賀大学データサイエンス学部では、情報や統計、プログラミングなどの数理科目だけでなく、経済学、社会学などの文系科目も数多く用意されている。伊達平和准教授が担当する「社会調査実践演習」もそのひとつ。この授業では、社会学分野におけるデータサイエンスの実践的な内容を学ぶことができる。
「私が担当する『社会調査実践演習』は、主に3年生が履修する通年科目になります。前期にデータ収集を行い、後期に分析、そして、その結果をレポートにまとめます。毎年、データを提供してくれる公共団体や民間企業を募集しており、年度によってテーマはさまざまです。昨年は長浜市のデータを用いて、Uターン就職に関する調査を行いました。例えば、若者がどのような働き方を志向しているのか、将来的に長浜市で働きたいと考えているのかなどのアンケート調査を行い、長浜市で若者が活躍する未来を模索しました」
男女共同参画社会に関する意識調査(2019年度)、コロナ禍における地域活動や人間関係に関する調査(2022年度)など、テーマは多岐にわたる。2020年度には、食材(ミールキット)宅配サービス事業を行なっている株式会社ヨシケイ滋賀との共同調査を実施。サービスの利用状況や商品の購買行動が人々の食生活やライフスタイルとどの程度関連しているのかを調査してほしいと依頼を受け、企業と連携しながらデータ収集・分析を進めていった。
「ヨシケイ滋賀の顧客データから2,000名を販売ルートで層化した上で無作為に抽出し、データ収集を行いました。アンケート調査の実施項目としては、サービスの利用状況、サービスを利用している理由や満足度、本人と配偶者の家事時間、スーパーやコンビニまでの主な交通手段、食費、対象者・配偶者の属性(性別、年齢、職業など)、注文アプリの利用状況などになります」
「データの調査方法や分析方法などは、すでにデータサイエンス学部の他の授業で習っています。そのため、適宜復習はしますが、多くの学生がスムーズに演習に取り組んでいるのではないかと思います。データを収集した後は、必要に応じてデータクリーニングも行います。データクリーニングとは、回答の誤りや矛盾、正確性の疑わしいものなどを点検し、集計から除外したり、修正したりすることです」
後期からは収集したデータを用いて、分析作業に移っていく。演習を履修している学生は約10名。「子どもに料理の手伝いをさせたい保護者の背景分析」「食生活で重視することとメニュー選択の関係」「夫婦の働き方と商品の利用頻度の関連」「メニュー選択と承認欲求の関連」など、学生によってデータに対するアプローチはさまざまだ。バラエティに富んだテーマの報告書が出てくるため、指導していて面白いと伊達准教授は話す。
「『インターネットやアプリからの注文』に着目した学生の分析を見てみましょう。ヨシケイ滋賀では注文の際に利用できるアプリが提供されているのですが、それが利用されていないという課題がありました。その原因をテキスト分析によって考察しているものです。テキスト分析とは、膨大なテキストデータから、回答者の属性とテキストの関連などの有益な情報を抽出する分析方法です」
今回の事例においては、自由記述形式の回答をテキストデータとして使用。KH Coderというテキスト分析に用いるソフトウェアを駆使して分析を行なっている。以下の図は、回答者の年齢段階(「23」は20〜30代、「4」は40代、「5」は50代、「6」は60代、「7」は70代、「8」は80代以上)と、回答に用いられた言葉の関連を表したものである。
「20、30代は『便利』や『検討』などのテキストデータと親和性が高く、これまでアプリの存在を知らなかったが、便利だから使用を検討したいと考えている人が多い。そして、40〜60代は『紙面』『面倒』などと関連性がある。70〜80代になると『インターネット』『操作』『不安』などと関連性があり、そもそもインターネットの操作などに不安を抱えていることがわかります。この報告書では、このほかに2つのカテゴリを組み合わせて分析するクロス集計なども用いて、年代が若いほどインターネットやアプリの使用にポジティブであり、一方で高齢なほどネガティブな反応があることを明らかにしています」
「社会調査実践演習」におけるこれまでの調査票や報告書は、伊達研究室のホームページから閲覧可能。ホームページでは、伊達ゼミ(社会調査ゼミ)の取り組み概要や使用できるデータの一覧なども掲載されているので、興味がある場合はチェックしてみるといいだろう。
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社会調査実践演習|伊達研究室
アジア諸地域における家族意識の比較調査
「社会調査実践演習」はいわゆるゼミとは異なる演習科目だが、伊達ゼミにおいてもデータ収集から分析までの一連の過程は同じだという。仮説を立て、膨大なデータを用いて分析を行い、結論を導いていくことが重要だ。また、ゼミでは伊達准教授の専門である家族社会学に関するデータを用いた研究もできるという。伊達准教授は家族社会学のなかでも、特にアジア諸地域における家族意識の調査を進めている。
「家族に関する意識としては、近代化が進むほどリベラルになっていく傾向があるといわれています。例えば、男女平等や多様性などを重視する価値観ですね。しかし、アジア地域は、基底にある親族構造や宗教的規範など文化的に多様であり、さらには近代化のスピードなどの差異が非常に大きいため、西洋の近代化とは異なる側面があることがわかっています。アジア諸地域の調査を進め、データが蓄積されていくと、それほど単純に進歩していく過程を辿っているわけではないことがわかってくるのです」
アジア諸地域における家族調査は現在も続いており、今後どのようなアプローチで研究を進めていくかを検討中。健康やWell-beingなどの福祉の問題やさまざまな不平等、性役割分業などをテーマに家族に関する問題を把握し、あるべき姿を提案していく、そのような研究をしていきたいと考えているという。
医療ソーシャルワーカーにおける依存症支援意識を調査
伊達准教授が近年取り組んでいるテーマとしては、「医療ソーシャルワーカーにおける依存症支援意識」に関する調査を行なった研究もある。医療ソーシャルワーカーとは、患者やその家族の相談に乗ったり、情報提供を行なったりして、安心して治療に専念できる環境を整える職業。そして、依存症を抱えた患者に対して、医療ソーシャルワーカーがどのくらい支援意識があるのかを調査したのがこの研究だ。
「依存症は、長期にわたり継続的な治療が必要になるため、個人で対応することが難しいという問題があります。そのため、家族、医者、看護師、医療ソーシャルワーカーや医療カウンセラー、あるいは依存症の当事者同士の支え合いなど、さまざまな人間関係のなかで回復を目指していく必要があります。しかし、依存症支援に積極的だと回答した医療ソーシャルワーカーの割合はおよそ50%、依存症患者の治療のためにはこの割合を増やしていく必要があります」
研修の経験はあるのか、当事者に会って話をしたことはあるのか、回答者の属性(年齢や性別など)は関係があるのか、所属する病院の体制はどのようなものかなどのアンケート調査や自由記述回答の分析、口頭での意見交換から出た回答の分析などを通して、伊達准教授は定量的に明らかにしていった。
下図は、依存症問題への関わり方について、どのような要因がどの程度影響しているのかを統計的に分析したものだ。縦軸は、依存症への認識、職場の環境、個人の属性などの要因を示している。横軸は、オッズ比(Odds Ratio)を示しており、「1」を基準として、点が右側にあるほど正の関連、点が左側にあるほど負の関連が強いことを表している(点の前後の横棒の意味など、詳細な説明はやや込み入った話になるため、是非データサイエンス学部で勉強をしてほしい)。
「例えば、『依存症は自己責任ではない』と考える人たちの『積極性の高くなりやすさ(odds)』は『自己責任である』と考える人たちに比べて1.6倍程度というようなことがわかります。そのほかにも、研修を受けた経験や当事者と会った経験、自助グループへの関与があり、医療ソーシャルワーカーが多くいる機関に所属している人ほど、積極性が高いことがわかりました。この結果から、研修を受けたり、回復をした依存症の当事者さんの話を聞いたりすることが大切だと言えると思います。依存症問題への関わりのスタンスについての回答で『どちらとも言えない』が多かったのは、依存症についてあまり理解していないことが要因としてあったのかもしれません。現在は依存症に関する研修の前後でどれくらい変化があるのか、つまり、研修の効果について調査を進めています。また定量的な結果を解釈するためには、フィールドワークやインタビューといった定性的な調査をする必要もあります。断酒会のような自助グループに参加し、さらに深く現実を理解できるように努めています」
今回の事例は、公益社団法人日本医療社会福祉協会(現:日本医療ソーシャルワーカー協会)の大規模調査に研究協力者として参加したもの。社会福祉学を専門とする研究者から協力依頼があったことがきっかけだったという。近年は、EBPM(証拠に基づく政策立案)などをはじめ、あらゆる課題解決においてフィールドワークやインタビューなどの定性的なデータだけでなく、定量的なエビデンスの提示も重要になってきていると伊達准教授は語る。
「課題に対する専門的な知識がある一方で、統計などの知見が不足しているために、課題の要因を把握することが困難になっている場面が多くあります。やはり数字で可視化することによって、正確に課題を把握することができ、解決策の提示に繋げていくことが可能になるのだと思います。定性的なデータはもちろん必要ですが、定量的なエビデンスもあると、課題解決を実行していく際にも納得して取り組むことができますよね」
社会調査やデータサイエンスの社会的意義を知ってほしい
「社会調査やデータサイエンスには、埋もれている事柄を掘り起こすという側面があるのではないかと考えています。我々は社会のなかで多様な人々と関わり、協力しながら生きていかなければいけません。この社会のなかで焦点が当たらなかったり、見えなくなっていたりすることで苦しんでいる人がいるのであれば、そこにスポットを当てることで初めて社会課題として認識されることもあると思います」
社会学は、現在の社会を見つめてそのあり方を改めて問い直したり、人と人の関係から社会の姿を描き出していったりする学問分野。伊達准教授が社会学に興味を持ったのも、社会に対する漠然とした疑問がきっかけだったという。
「男子は『ドラゴンボール』や『仮面ライダー』を観たり、外でソフトボールをやったりして、女子は『セーラームーン』を観たり、おままごと遊びをしたりする。そのような男らしさや女らしさのようなものに子どもの頃から違和感がありました。なんとなく規範として押し付けられているけど、実際はどうなのか。社会調査などを駆使して、定量的なデータとして把握してみたいと思ったのが、社会学に興味を持ったきっかけでした。環境問題や日常に潜む差別意識、少子化などのいわゆる『社会問題』だけでなく、社会に対するモヤモヤ、人間関係の悩みなど素朴で身近な問題でも、なんでも学問の対象になります。学生のみなさんなりの問題意識があると、社会調査やデータサイエンスを学ぶ際のモチベーションになると思います。社会調査やデータサイエンスには、まだ多くの人に認識されていないような課題をも見つけ出し、解決に導いていける可能性があるのだということを知ってもらえると嬉しいですね」
研究室の詳細
伊達研究室
社会調査をキーワードにさまざまなテーマで研究に取り組んでいる。主な研究テーマとして、アジアにおける家族の比較分析(主に東アジアと東南アジア)、健康とWell-beingに関する日米比較、医療ソーシャルワーカーの意識と行動に関する研究など。社会学の近接領域などでも自由なテーマで研究を行うことが可能。
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伊達研究室
Text by 仲里陽平(minimal)/Illustration by 竹田匡志