ChatGPT時代のAI×教育の未来像とは?
取締役/最高教育戦略責任者(CESO)
問いを立てることすらAIが代替する時代
「今年(2023年)はAI教育元年、つまり、学校教育がAIによって変わる最初の年になると思っています」
そう語るのは、ライフイズテック株式会社取締役の讃井康智さん。同社は、主に中高生向けのIT・プログラミングスクールを全国で展開している会社で、讃井さんはここで最高教育戦略責任者(CESO)を務めている。
讃井さんによれば、AIによって中長期的に実現されるのは「究極の個別最適化された学び」。AIは学びのパートナーとして、子どもたちに寄り添う存在になっていくという。
「私たちは、『コパイロット(Copilot)』という言葉を使うのですが、AIは学びのゴールにたどり着くための副操縦士的な役割を担うようになるでしょう。これを学びたい、これをつくりたいという課題を投げかけるのは人間です。すると、AIはさまざまな情報や選択肢を提示してくれます。それを参考に、最終的に何をどうするかを決めるのは人間の役割です。つまりメインの操縦士である自分がやるのは、何かを始めるパートと最後に決めるパートに収束していくことになります」
例えば、話題のChatGPTに「私は化学が好きな中学生。夏休みの課題研究テーマを10個挙げて」と命令すれば、ものの数秒でテーマをリストアップしてくれるだろう。あなたは、そこから興味のあるテーマを選び、実験や調査を進めればいい。今後は、調査の途中で必要な資料があれば、AIが精度高く探してくれるかもしれない。的確に命令さえできれば、実験のシミュレーションなどもできるようになるだろう。AIは学びにおける相談相手であり、「共創(きょうそう)」のパートナーになり得るのだ。
「ここで人間に残された領域は何かというやりとりで、よく『問いを立てる力』が大切だと言われますが、私は厳密には違うと思っています。もはや問いを立てることすらAIが代替できる時代です。すると最後に残されるのは、問いを立てようとするモチベーション(動機)や、それを実現させるモメンタム(推進する原動力)、好奇心のようなものです。これを持てるのは人間だけで、やりたいこと、実現したいことがなければ、AIの能力を最大限に引き出すことはできません」
「大規模言語モデル」が生成AIを劇的に進化させた
ChatGPTに代表される「生成AI」だが、そもそもこれはどのような仕組みの技術なのだろうか。讃井さんの説明によるとこうだ。
例えば、「織田信長が本能寺の変で命を落としたのは何年か?」という問いがあったとしよう。Googleで「本能寺の変」と検索すれば、「1582年」だとすぐにわかる。つまり、一問一答の問いに対応できるのが検索エンジンの強みだ。
一方、生成AIが実現するのはその先だ。ChatGPTに「織田信長が命を落とした本能寺の変について300字で答えて」と命令すれば、ほぼ完璧な文章で考えをまとめて返してくれる。このように文章そのものを生成することは従来の検索エンジンではできなかったことだ。
「これはLLM(Large Language Models/大規模言語モデル)」と呼ばれるAI分野の研究成果によるものです。機械学習の技術によって、大量のテキストデータを学んだAIが、求められた内容のテキストを自動で生成してくれるのです。専門的な情報は知らなかったり、まだまだ間違いも多かったりしますが、今後精度は必ず上がってきます。日本語データの学習がさらに進み、専門分野のデータについても調整(Fine-Tuning)がなされていくことで、AIが嘘をつくという問題はある程度、解決されていくでしょう」
生成AIにはいくつかの種類がある。まずは「テキスト to テキスト」のタイプ。代表格は言わずと知れたChatGPTだ。これはアメリカのOpenAIが開発したAIチャットボットで、ChatGPTはGPT3.5というモデルがベースになって登場した。GPTはGenerative Pre-trained Transformerの略で、TransformerというGoogleが開発した深層学習モデルを活用することで精度が飛躍的に向上した。2023年3月にバージョンアップしたGPT4がリリースされ、OpenAIの発表では、今後、写真や画像からテキストを自動生成することもできるようになるという。
次に「テキスト to イメージ」のタイプ。これはテキストから自動で画像を生成してくれるもので、Stable Diffusion(ステーブルディフュージョン)、Midjourney(ミッドジャーニー)などがよく知られている。
さらに「テキスト to ミュージック」のタイプもある。「Happy(楽しい)」「Spooky(不気味な)」といったテキストから自動で音楽を生成してくれる。「Mubert(ムーバート)」(こちらは成人のみ使用可能)などが有名だ。
「2022年夏から2023年にかけて、生成AIのリリースラッシュが続いています。中高生でも保護者同意の上であれば、無料で自由に使えるものもあります。興味ある人はぜひ体験してみてほしいですね」
AIが次世代の可能性を解き放つツールになる
ここでぜひ自覚してほしいのは、現代を生きる中高生はすでに「AIネイティブ」であるということ。スマホで日々眺めているTwitterやTikTokなどのSNSにもAIの技術は使われている。AIで何かをつくるのは、これからの世代にとって、ある種「当たり前」なのかもしれない。いずれにせよ、AIが次世代の可能性を解き放つツールになるのは間違いないだろう。
1990年代にインターネットを知り、夢中になった世代のリーダーたちは、その技術をより深く知り理解することで、起業し成功をつかんでいった。この歴史が生成AIの登場によって繰り返すかもしれない。
AIを使いこなすにあたり、いくつか注意すべきことがあると讃井さんは警鐘を鳴らす。その一つは、「AIに正解を聞いてはいけない」というものだ。
「AIはもっと優れた答えを創り出すためのパートナーとなる存在です。例えば、自分が大事にしたい要素をChatGPTに伝えた上で、文化祭のポスターのキャッチコピーを10案出してもらう。その後、そこから1つを選び、自分なりの考えを加えて、さらにブラッシュアップしていく。そして、次はキャッチコピーの説明文も一緒に考えていく、というようなAIと対話をしながら、自分が元々持っている考えやアイデアをより良くしていく過程が踏めるといいですね。こうすることで、自分だけでもAIだけでも出なかった考えやアイデアにたどり着けるのです。最初にいきなりAIに答えを聞いて、AIが出した答えをそのまま受け入れるだけでは、このような共創は実現できません。
このAI時代において、大人と子どもの差は、もはやありません。大学時代のような時間があり余る時期にAIに全力投球できれば、上の世代を凌駕するスーパー人材になることも不可能ではありません。今は中高生や大学生にとって、有史以来最もチャンスのある時代なのではないでしょうか」
すべての学問分野でAIを使う時代が来る
生成AIの登場によって、多くの人が気軽にAIを使いこなせる時代がやってくる——。この局面において、気になるのはAIに興味がある受験生はどのような進学先選びをすべきかということ。讃井さんのアドバイスはこうだ。
「まず大前提として、すべての学問分野でAIを使う時代が来ると私は考えます。その上で申し上げると、AIと何をかけ合わせるかがポイントになります。AI×文学、AI×経済学、AI×心理学、私の専門であるAI×教育学も熱いでしょう。つまり、興味のある学びのテーマに合わせて、学部・学科を選び、そこで副専攻的にAIの知識をかけ合わせていけばいいのです。もちろん、AIの基盤技術に興味がある人は、情報工学(コンピュータサイエンス)に関する学部・学科で、専門知識を深めるのがいいでしょう。さらに最近は、こちらもAIに大きく関わるデータサイエンスに特化した学科やコースも増えています」
聞けば聞くほど、AIを学ぶ未来はエキサイティングに思える。ただ、AIに触れてみよう、ChatGPTを使ってみよう……と言われても何から始めていいか見当もつかないという人も実は多いはずだ。そんなときはどうすればいいだろうか?
「やはり最初はプログラミング教室など、専門家のサポートがあるところで、AIを体験してみることをおすすめします。私が勤めるライフイズテックが主催するIT・プログラミングキャンプでも2023年の夏からAIに特化したコースを用意する予定です。最初の一歩でいかに楽しい経験ができるかがすごく重要なんですよね」
学校教育の研究者でもある讃井さんは、これまでの教育は理論や作法から入りすぎて、最初の段階で難しさやつまらなさを感じさせてしまったことが失敗の一因だったと分析している。
プログラミングやAIについての教育も同じだ。最初のステップでネガティブな感情を持ってしまうと次に進む子どもたちが少なくなるのは自然なことだ。ポイントは最初の段階でいかにポジティブな体験を与えられるか。たった数時間でゲームがつくれた! オリジナルのwebが作れた! AIで絵が描けた! そんな感動体験を提供することこそが教育現場には求められているという。
「IT・プログラミング教育を考える上で、私が危惧しているのは、『可能性の認識差』です。具体的には、この分野に関して、まだまだ地域間格差があるのは否めません。私がライフイズテックのイベントで地方都市に行くと保護者の方に『こういうプログラミングを学べる場所があると本当にありがたい』と言われてきました。このインターネット時代において、スマホもGoogleもChatGPTも中高生の目の前にある。それでも自分でプログラミングしてスマホアプリを自作しているような先輩が身近にいなければ、それを『つくる側』になろうとはなかなか考えないですよね。大切なのは、中高生のうちに自分のできることをどれだけ広く認識できるかです。そして、可能性の認識を広げられる機会にアクセスできるか。先生や保護者の方には、その機会を直接提供したり、あるいは情報提供をすることを意識してほしいと思っています」
高校まで福岡で育った讃井さんは、もともとゲームが好きで、高校時代には市販のソフトを使って自作のゲームをつくった経験がある。しかし、プログラミングができる大人が周囲にいなかったために、そこから次のステップに進む方法を見つけることができなかった。現在、全国でIT・プログラミング教室を開催する仕事に携わっているのは、そんな経験がベースになっているのだ。
求められるのはAIと共創できる人材
ChatGPTの登場によって、教育現場は何かと注目されている。メディアでは、定期テストやレポートはもう要らないといった記事をよく目にする。それでも現時点では、受験生は従来通りの勉強を続けることになるだろう。当然ながら、知識が無駄になることは絶対にない。しかし、AI時代を生きる今の高校生は何を学び、どのような将来像を描くべきだろうか。最後に讃井さんから高校生へのメッセージをいただいた。
「検索が普及した時点で、正解主義の決まった知識だけを問うテストは意味をなさなくなりました。今後AIの精度が上がれば、特定のテーマに対するレポート課題も意味をなさなくなるかもしれません。しかし、現時点ではAIは発展途上にあり、AIが導き出した答えが正しいかを判断し、自分なりの答えを表現するための基礎教養は求められます。また、AIをフル活用していく社会が来るのであれば、AIの仕組みを知ることは必須であり、現在の学校教育の中では、小学校・中学校でプログラミングの基礎を学び、高校『情報Ⅰ』の内容をしっかり理解しておくことは非常に有意義です。
その上で、最も大切なことは、自分のやりたいことを持つことです。暗記テストが本当に要らなくなれば、暗記のために机に向かう時間は減り、余白が生まれるはずです。そこを使って、自分のやりたいことを、AIと一緒に探究していってほしい。 AIを使って探究を深めた経験や、身近なところからでも社会課題の解決に挑んだ経験は、大学の総合型選抜や企業の採用選考などでも高く評価されていくでしょう。
求められるのは、AIと共創して新しい価値を生み出せる人材です。わかりやすく言うと、AIを駆使して誰も考えつかなかった知見を見出す研究者、とんでもない課題解決を実現する起業家、誰も見たことがないアートやゲームを創れるクリエイターなどのことです。AIはスポーツやアート、さらには食の世界など、あらゆる分野と相性抜群です。将来に迷ったら、まずAIを学びながら、自分のやりたいことを探していくのもいいと思いますよ」
プロフィール
讃井 康智 さん
ライフイズテック株式会社 取締役 最高教育戦略責任者(CESO)
東京大学大学院教育学研究科にて学習科学の世界的権威、故三宅なほみ教授に師事し、全国の学校での協調的・創造的な学びづくりを支援。2010年にライフイズテックを創業。中高生向けプログラミング教育を累計約5.5万人に届け、世界2位の規模まで成長。学校・塾向けの「ライフイズテックレッスン」などオンライン教材も提供。中高生がAIについて学び、AIとの共創を体験できる学びの機会も提供していっている。経産省 産業構造審議会「教育イノベーション小委員会」委員、NewsPicksプロピッカー(教育領域)なども歴任。