【一橋大学】統計学・マーケティング・会計学からデータの新たな活用法を探る
一橋大学 加藤諒研究室
ソーシャル・データサイエンス研究科
加藤諒研究室
専門:マーケティング・サイエンス/ベイズ統計/欠測データ解析/実証会計学
AI・データサイエンス系大学・学部の研究室では、どのような研究が行われている? 近年、AIによるビッグデータ解析が多くの企業の経営戦略に役立てられている。それを支えているのが、古くから積み重ねられてきた統計学の考え方だ。データ分析の理論を用いて企業のマーケティングにも携わる、一橋大学大学院ソーシャル・データサイエンス研究科の加藤諒准教授に話を聞いた。
ベイズ統計学の手法で不足したサンプルデータを予測
データサイエンスは、ビジネスの世界でも実践的に役立てられている。例えば、私たちが日常的に利用するコンビニ。ここでは、会計時に顧客の購買データを収集し、それを分析することによってマーケティングや商品開発に活用している。そうしたデータ分析にAIをはじめとする最先端技術が導入されることも少なくない。
「AI技術の発展に伴い、ビジネスにおけるデータサイエンスの活用が進められています。しかし、データを扱って社会に貢献するという点では、古くから統計学がその役割を担ってきました。そうした意味で、統計学は元来のデータサイエンスであるといえるでしょう。そして近年、統計学は新しいデータサイエンスの技術を取り入れ、さらなる発展を遂げています」
そう語るのは、一橋大学大学院ソーシャル・データサイエンス研究科の加藤諒准教授だ。欠測データ解析、マーケティング・サイエンス、実証会計学が研究の大きな3つの柱で、企業との共同研究にも積極的に取り組んでいる。
「いずれもデータサイエンス分野の学問であり、私はその根幹となる理論について研究しています。そして、分析した結果が正しいとわかれば、それに基づいて企業への提案を行うこともあります」
加藤准教授の研究においてひとつめの柱となるのが、「ベイズ統計学の枠組みを用いた欠測データ解析」である。採取したサンプルに少しでも欠測したデータがある場合、伝統的な統計学の手法では妥当な対処を行うことが難しいケースもあるという。しかし、ベイズ統計学の手法を用いれば、不足したデータを別のデータから予測してより正しく補完することができる。
「企業のマーケティングにおいて重要な指針となる消費者アンケートでは、年収や会社名といったセンシティブな情報が無回答のまま提出されることも少なくありません。しかし、ベイズ統計学の理論に基づいた欠測データの解析法を用いれば、予測した値をサンプルとして活用し、その結果より正しい推論を行うことができるのです」
GPSのデータを分析しチラシと消費者行動の関係を調査
続いてのマーケティング・サイエンスも、消費者心理や消費者行動を重視する伝統的なマーケティングとは異なっている。大きな特徴は、あくまでデータからアプローチする点。位置情報データや購買履歴データ、店内回遊データ、調査データといったさまざまなデータを組み合わせ、柔軟に統計モデルを開発・応用することで、消費者の行動を深く理解することができる。
「採取できるデータは、時代によって変化しています。たとえば人の位置情報データは、スマートフォンが普及するまで決して手に入らないものでした。そうした新しいデータを活用し、民間企業と連携しながらマーケティングへの活用方法を模索しています」
その例のひとつが、スーパーマーケットのチラシについての研究である。スーパマーケットのチラシのデータとスマートフォンのGPSデータ、売上データ、レシートのデータを集めて分析し、消費者の動向から関連性を調査するというもの。これによって、競合店舗のチラシが自店舗の売上にどういった影響を与えたのかといったことが見えてきた。同時に、商品の価格設定の違いも広告の効果に影響することがわかったという。こうした分析は、企業の経営戦略において大いに役立てられている。
最後に、加藤准教授が学部時代から取り組んでいるのが実証会計学だ。研究テーマは、「監査法人の違いが企業の利益にもたらす影響」。会計学上の利益は、売掛や減価償却のタイミングである程度操作することができる。加藤准教授は、監査法人の違いによって、どれだけ会計操作が抑制されるのかについて調査していた。
「当時は、公開されている上場企業の財務データを集め、利益と監査法人をデータセットにして解析していました。最近は調査データを用いて、会計士の業務をAIが代替できる可能性について評価する研究にも取り組んでいます」
企業や他分野とのコラボレーションによりさらなる発展を目指す
3つの専門分野を軸にビジネスの課題解決に携わる加藤准教授。ただの情報の集まりに過ぎないデータに解釈を加えることで、まったく新しい知見を得られるところがデータサイエンスの魅力だと語る。
「自分は方法論の研究をしているので、その理論が医療や社会科学など幅広い分野に応用されることがやりがいになっています。会計学は身近なところに成果が現れにくい分野ですが、国の財務政策などに寄与できる可能性がある。一方で、マーケティング・サイエンスはミクロな視点から、ひとつの企業の経営戦略に影響を与えることができる。貢献できる範囲に違いがあるからこそ、それぞれの研究に注力できているのだと感じています」
統計学に関しては、技術の発展に伴って採取できるデータの規模が拡大している。多くの変数を分析する上で、AI技術は加藤准教授の研究分野と非常に相性がよく、さらなる活用への期待が高まっているという。
「ソーシャル・データサイエンス学部が新設されたことで、経営学のみならず、機械学習や政治学といった幅広い研究分野の先生と交流する機会も増えています。そうした方々とのコラボレーションに挑戦し、学問分野をつなぐ架け橋になっていきたいです。また、企業との共同研究についても引き続き取り組みたいと考えています」
社会に溢れるデータを“宝の持ち腐れ”にしないために
AI技術によって大量のデータが分析できるようになった現代社会。しかし、加藤准教授はその背景にある理論を大切にしてほしいと考えている。最後に、データサイエンス分野を学ぶ上で重要なアドバイスをいただいた。
「確かにデータを解析するツールは進化しており、それは私としても非常に喜ばしいことです。しかし、研究の大前提となる『データを集める目的』や『データを解釈するための知識』がなければ、宝の持ち腐れになってしまいます。だからこそ学生には、データの内容よりも、その根底にある統計学的な考え方を学んでもらいたいと思っています。世の中には真偽を問わずさまざまな情報が溢れており、わかりやすい結果に飛びつきたくなる気持ちもよくわかります。ただ、一歩立ち止まってそうしたものの正しさを見極めるために、ぜひ統計学の考え方を活用してほしいですね」
研究室の詳細
加藤諒研究室
ベイズ統計学の手法を用いた欠測データ解析、マーケティング・サイエンス、実証会計学の3分野を軸に、データを社会に役立てる上で根本となる理論を研究する。企業との共同研究にも携わり、マーケティング戦略について提案を行うこともある。
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加藤諒 研究活動ホームページ
Text by 上垣内舜介(minimal)/Illustration by カヤヒロヤ