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UXデザイナー:ユーザーに「新しい体験」を提供する仕事 UXデザイナー:ユーザーに「新しい体験」を提供する仕事

UXデザイナー:ユーザーに「新しい体験」を提供する仕事

小原大貴さん
小原 大貴 さん
OBARA Hiroki
株式会社ディー・エヌ・エー
デザイン本部 エクスペリエンス戦略室 副室長
UXデザイナー

UXとは「ユーザーエクスペリエンス(利用者・使用者の体験・経験)」のこと。株式会社ディー・エヌ・エーでUXデザイナーとして働く小原大貴さんは、ユーザーに「新しい体験」を提供する仕事をしているという。この新しく、謎めいた職業の実像に迫ってみよう。

UXデザイナーってどんな仕事?

ユーザーの「やりたい」「なりたい」を実現する仕事

最近よく見かける「UI/UX」という言葉。「ユーザーインターフェース/ユーザーエクスペリエンス」の略だという。UIはユーザーと商品・サービスをつなぐ接点(インターフェース)のこと。スマホの画面やパソコンのキーボードは、いわばUIである。一方、UXはユーザーが商品・サービスを通じて得られる体験のことを指す。UI/UXには専門のデザイナーがおり、メーカーやデザイン事務所では、UI/UXデザイナーのニーズが高まっているという。

UXデザイナーは、ユーザーの「やりたい」「なりたい」を実現する仕事

今回登場いただいた小原大貴さんの肩書きは、UXデザイナー。ゲームプラットフォームの「モバゲー」などで知られる株式会社ディー・エヌ・エー(以下DeNA)に勤務している。果たして小原さんは、会社でどのような仕事をして、何をつくっているのだろうか?

「サービス・プロダクト(商品)を通して、ユーザーがやりたいこと、なりたいものを実現するための企画・設計をするのがUXデザイナーの仕事だと考えています。メインの領域はデジタルツールですが、紙媒体やロボットなど物理的なプロダクトの制作に関わることもあります。むしろ、UXデザイナーが扱うものをサービスと捉えるとハード、ソフト、クラウド、通信まですべてが含まれます。これらを駆使して得られる『新しい体験』を価値として、ユーザーに提供する仕事なんだと思います」

自動車メーカーと共同で自動運転移動サービスを開発

自動車メーカーと共同で自動運転移動サービスを開発

小原さんは現在、デザイン本部エクスペリエンス戦略室という部署で、DeNAと他社の共同事業を推進する役割を主に担っている。企業や団体の強みを持ち寄って、新規プロダクトを創出する仕事と考えていいだろう。

小原さんが手がけた仕事のひとつに、自動運転車両を用いた交通サービス「Easy Ride」※がある。これは日産自動車との共同プロジェクトで、日産の自動運転技術とDeNAのUI/UXデザインのノウハウなどをかけ合わせて、新しいサービスを創出する取り組みだ。

「『Easy Ride』のコンセプト策定にあたり、こだわったのは、『A地点からB地点までの移動に留まってはいけない』ということ。移動だけではない、ユーザーにとって未知の魅力的な体験とは何かをメンバーと徹底的に議論しました。まずユーザーの体験ストーリーをつくります。どういう人がどういうときにこのサービスを使うのか——。例えば、20代の女性会社員が横浜みなとみらいでショッピングに疲れてお腹が空き、パンケーキを食べたいと思っている。そこにどんなサービスがあれば、彼女にとって魅力的な体験になるのか考えます。議論の結果、スマホ上のアプリに『パンケーキ食べたい』と入力すると周辺のおすすめ店とクーポンが表示され、自動運転車が送迎を担うという“やりたいこと”をシームレス(途切れないの意)に実現するサービスのアイデアに行き着きました」

ここにおけるUIとは、サービスを利用するためのスマホアプリの画面や操作性にあたる部分で、これを考えるのがUIデザイナーの仕事。一方、UXとはこのサービスの背景にある、企画からコンセプト策定、コンテンツや機能の要件選定など、「新しい体験」を実現するためのすべて。これを担うのがUXデザイナーの仕事になるという。

※「Easy Ride」は株式会社ディー・エヌ・エーと日産自動車株式会社の登録商標です。

「サービス利用ガイド」の冊子を作成することも

最近手がけた仕事に「あのね」というサービスもある。これは、セキュリティ会社のセコムとDeNAの共同事業で、コミュニケーションロボットを介して、ユーザーとサービススタッフとの何気ない会話を楽しむことができるものだ。主なユーザーは、ひとり暮らしのお年寄りなどで、ロボットとコミュニケーションをすることで、会話が生まれ、毎日が楽しく便利になる。さらに、家族にとっては、ひとり暮らしのお年寄りの様子が簡単に確認できるというメリットもある。

「サービス利用ガイド」の冊子を作成することも

「『あのね』のプロジェクトでは、『サービスご利用ガイド』という紙の冊子をつくりました。ターゲットを想定し、ユーザーが何を求めるかを検証した結果、生まれたものです。媒体はスマホやタブレットではなく、あえて紙にして、大きな文字で取扱説明書よりもさらに簡単な内容で、サービスの始め方や続け方を説明しています。これは実験に参加いただいたユーザーのお宅を訪問調査して、出てきたアイデアなんですよ。事前調査も含めて、すべてUXデザイナーの仕事だと思っています」

UXデザイナーの仕事は、商品やサービスを売ったら終わりではないというのが小原さんの考え。ユーザーがそれを使い続ける限り、ずっと関係は続くという。

UXデザイナーに求められる資質とは?

必要なのは「体験」を言葉や絵で具現化する力

ユーザーの体験をデザインするUXデザイナーの仕事の内容が、少しずつわかってきた。そこで気になるのは、UXデザイナーを目指すには何が必要なのか。UXデザイナーに求められる資質について、小原さんに聞いてみた。

「ひと言でいうと体験を言葉にしたり、絵にしたりして、具現化する力が必要ですね。体験を具体的に言語化すること、得た情報を整理すること、こういうのが得意な人に向いている職業だと思います。画力やデザインセンスは、あって困ることはないですが、なくても問題ありません。むしろ人の生活に興味を持つ好奇心のほうが重要です。なんでこの人はこんな行動をとるのか、こんなことを言うのか……そこを細かく観察できるといいですね。学問でいうとデザインももちろんですが、文化人類学や心理学なんかを学んだ人に向いている職業かもしれません。あと机上の理論より、自分の目で現場を見て、世の中を理解するタイプの人に向いていると思います」

「問いを立てる」力を磨いた学生時代

「問いを立てる」力を磨いた学生時代

小原さんは学生時代、多摩美術大学の美術学部情報デザイン学科で学んでいたという。そこでニューヨークを拠点に大規模なインスタレーション作品などを発表していたアーティストで、同学科の教員でもあった故・三上晴子さんに師事し、ここで現在の仕事にもつながる大切なことを学んだという。

「情報デザイン学科のフィールドワークを通じて、UXデザイナーに欠かせない『問いを立てる習慣』が身についたと思っています。私が在籍していたメディア芸術コースには、メディアアートの現場を見て、気づいたことを学生同士でディスカッションする授業があったんです。そこで、食わず嫌いをせずに何でも体験して、問いを立てることで、やっとイメージを具現化できるようになることを学んだ気がします」

「問いを立てる」とは、アート作品などを見て、「このコンセプトはどういう意味か?」「この作品の何が面白いのか?」「この作品の価値とは何か?」とあらゆる疑問を持つことと考えていいだろう。デザインを学ぶうえでの基本といえるものだが、普段の生活ではなかなか身につかないスキルだ。大学時代のフィールドワークの経験が、UXデザイナーの仕事の糧になっているというのは実に参考になる話だ。

UXデザイナーの未来像とは?

UXデザイナーは価値の耐久性が高い仕事

ChatGPTやStable Diffusionに代表される「生成AI」が登場し、デザインの仕事にも少なからず変化が生まれるだろう。UXデザインの仕事も影響を受けるのだろうか? この問いに対する小原さんの答えは「NO」だ。

「どんなにテクノロジーが進んでも本質的に『新しい体験』は人間にしかつくれないと思います。UIのほうは、もしかしたらAIでも担えるかもしれない。でもChatGPTに『新しい体験を生み出してください』と抽象度の高い命令を入力しても何も出てこないと思います。目の前の現象に対してどういう問いを立てるべきか、どうしたらこの体験はもっとよくなるのか、私たちはどんな観点で何をクリアにしていくのか……そういうことは人間にしか考えられないですよね。その点で、UXデザイナーは価値の耐久性が高い仕事と考えていいでしょう」

過去の膨大なデータを並べ替えたり、組み合わせたりして解を導き出すのが「生成AI」の仕事と考えれば、人間にまだ知らない体験をもたらすのは得意分野ではないかもしれない。そう考えると「新しい体験」とは何か? 人間がまだ体験したことのない現象とは何か? 考え始めると思考の深淵に引きずり込まれそうになる。まさにこれが、UXデザイナーへの第一歩なのかもしれない。
最後に小原さんからUXデザインに興味がある高校生へのメッセージをいただいた。

「いろんなことに何でだろう?って思う習慣をつけてほしいですね。いろんなサービスやプロダクトにテクノロジーの要素が付いて、なんでもできるようになっている時代において、改めてこれってどうなってるの? これって本当に楽しいの? もっと便利な方法があるのでは? ということに気づける力を養ってほしい。つまり、質の高い疑問を抱けるかどうかですよね。AI時代だからこそ、人間にしかできないことは何かについて真剣に考えてほしいし、究極的には人はどうしたら幸せになれるのか……なんてことも。そんな問いを立て続ける先にあるのが、UXデザインという仕事なんだと思います」

プロフィール

小原大貴
株式会社ディー・エヌ・エー
デザイン本部 エクスペリエンス戦略室 副室長/UXデザイナー

HCD-Net認定人間中心設計専門家。多摩美術大学美術学部情報デザイン学科卒業後、大手広告代理店系Web制作会社でアートディレクター、UXデザイナーを経験。株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)入社後は、他社との共同事業を中心とした新規案件のUX/UIデザイン、全社のものづくり強化にも携わっている。

Text by 丸茂健一(minimal)

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