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【東京大学】「自在化」技術で人類は新たな身体観を獲得する 【東京大学】「自在化」技術で人類は新たな身体観を獲得する

【東京大学】「自在化」技術で人類は新たな身体観を獲得する

東京大学先端科学技術研究センター
稲見・門内研究室

稲見昌彦 教授
稲見 昌彦 教授
INAMI Masahiko
東京大学
先端科学技術研究センター身体情報学分野
稲見・門内研究室
専門:身体情報学

AI・データサイエンス系大学・学部の研究室では、どのような研究が行われている? AIやロボットによる「自動化」で人間の負荷は軽減されている。一方、東京大学先端科学技術研究センターの稲見昌彦教授が、最新のテクノロジーによって実現するのは「自在化」の未来だ。ウェアラブルデバイスやVR(仮想現実)空間などを駆使した技術で、身体能力の壁を乗り越えた人類は、「自在化」の先に何を見るのか?

キーワードは「自在化」

自らの2本の腕の他に、2本のロボットアームを装着したダンサーが、何かに導かれるように神秘的なダンスを踊っている。背景に静かに流れるのはバッハのチェロ。いつまでも心を離さない不思議な映像だ。

稲見自在化身体プロジェクト
提供:JST ERATO 稲見自在化身体プロジェクト・東京大学 先端科学技術研究センター 身体情報学分野 稲見・門内研究室・東京大学 生産技術研究所機械・生体系部門 山中俊治研究室

「私たちがJIZAI ARMSと呼んでいるこのロボットアームは、遠隔操作で制御されています。1本2.5kgの自在肢を2本背負ったダンサーは、その動きに身を任せることで、新しいダンスが創造される瞬間を体験したそうです。それもまた私たちが追究する『自在化』のひとつの形かもしれません」

そう語るのは、東京大学先端科学技術研究センター身体情報学分野 稲見・門内研究室の稲見昌彦教授だ。身体情報学とは、人間の身体を情報学として理解し、新しいモノやサービスの開発に役立てる研究分野。身体・行動のシステム的な理解をベースに、ウェアラブルデバイス、VR(バーチャルリアリティ)機械学習など、さまざまな知見を用いて現実世界とバーチャル空間をクロスしながら、人間の可能性を追究している。

稲見自在化身体プロジェクト

「JIZAI ARMS(自在肢/じざいし)」は、JST(科学技術振興機構)の支援による「JST ERATO 稲見自在化身体プロジェクト」(2018年4月〜2023年3月)の一環として山中俊治研究室と共同研究が続けられてきた。キーワードは「自在化」だ。

「自動化って本当に幸せなのかなって思うんです。例えば、自分に代わって自動運転車がA地点からB地点まで連れて行ってくれるのはいい。でも、ロボットが代わりに自動で食事をしてくれたり、カラオケを歌ってくれたりしてもうれしくないですよね。つまり、人間はやりたくないことは自動化したい、一方でやりたいことは物理的限界を超えて実現したい。その願いを叶えるのが身体を“自在化”する研究なんです」

人間がロボットやAIと「人機一体」となる世界

同プロジェクトが「自在化」と位置づける技術開発とは、人間がロボットやAIと「人機一体」となり、自己主体性を維持したまま行動することを支援し、人間の可能性を拡張すること。さらに、こうした技術が実現する「デジタルサイボーグ社会」において、その美学をデザインすることの重要性も強調する。関連技術が社会実装され、人々の日常生活に組み込まれるためには、その美学を慎重に設計することが不可欠だと稲見教授は考えている。

JIZAI ARMS

「JIZAI ARMSは、6つの端末を備えたウェアラブルベースユニットと装着者が制御可能な着脱式ロボットアームからなる拡張ロボット肢体システムです。これは、装着、取り外しによって、自身の動きを自由にデザインできるだけでなく、アームの交換など複数の装着者間の社会的インタラクション(相互作用)も可能にするようにデザインされています」

JIZAI ARMS

JIZAI ARMSは、ゲーム開発ツールのUnityで制作したアプリケーションで制御されている。ベースユニットの重量は約4kgで、アーム1本が2.5kg。アーム4本装着時の総重量は14kgとなる。JIZAI ARMSが最も大きな効果を発揮するのは、障がいを持つ人々の生活の質を向上させるような場面だ。手足が不自由な人もJIZAI ARMSによって、今までできなかったことが可能になる。まさに人間の可能性の拡張を実現している。

「人間拡張」を超え、「分身」「合体」へ

技術の力を使って人の能力を高める研究分野は、「人間拡張(human augmentation)」とも呼ばれる。人間拡張の技術は、「自在化」の重要なパーツのひとつだという。ただ、自在化=人間拡張ではないというのが稲見教授の考え方。「自在化」には、人間拡張とは異なる広がりがある。これは、「JST ERATO 稲見自在化身体プロジェクト」のテーマ設定にも表れている。

「JST ERATO 稲見自在化身体プロジェクト」を構成するのは、以下の5つの研究テーマだ。

  1. 感覚の強化(超感覚)
  2. 物理身体の強化(超身体)
  3. 心と身体を分離して設計(幽体離脱・変身)
  4. 分身
  5. 合体
5つの研究テーマ

このうち1.と2.は、「人間拡張」研究の一環と考えていいだろう。超人的な感覚や身体能力の達成が目標となる。一方、3.は「自在化」を達成する上での核となる発想のひとつ。自分の身体に違和感があれば、いったん心と身体を切り離してみようという考え方だ(幽体離脱)。両者を分離して設計できる技術があれば、誰もが「変身」して、理想の身体を手に入れることができる。その先にあるのが4.と5.。心と身体を分けて扱えるようになると、ひとりでいくつもの身体を使い分けたり(分身)、何人もが協力してひとつの身体を操ったり(合体)する手段が登場し得るという。

「分身や合体の領域が、プロジェクトの中でも最も野心的な領域だと思っています。そこで使う身体はロボットやバーチャルなキャラクターかもしれないし、人型である必要さえありません。『心』の側も人だけに限らず、AIに出番が回る可能性もあります。分身や合体の技術が実現すれば、人々が限られた人生の時間を何倍も有意義に使い、かつてないコラボレーションやコミュニケーションを楽しむ未来につながると期待しています」

物理世界のルールに疑問を感じていた

バブルジャンパー

稲見教授が、現在の研究に興味を持ったきっかけは、幼少期に遡る。ドラえもんが大好きだった稲見少年は、足の速さや力の強さで優劣がつく物理世界のルールに疑問を感じていた。年齢も性別も身体能力もすべてフラットな世界をつくれないだろうか——。そこでたどり着いたのが現在の「自在化」につながる研究だ。

「学生時代は生物学を専攻しながら、趣味でVRを学んでいました。そして、テクノロジーとバイオロジー(生物学)を組み合わせて、それぞれが苦手な部分を補い合いながら、より役に立つシステムをつくれないかと思い至りました。ウェアラブルデバイスやVR、メタバースなどの知見を結集して、私たち自身の身体に対する考え方や世の中の見方を変えていくことが研究のモチベーションになっています」

稲見教授はこれまでも身体の可能性を拡張するさまざまな研究を行ってきた。社会的に広く知られているのは、メガネブランドJINSと共同開発したウェアラブルデバイス「JINS MEME(ジンズミーム)」。眼球運動をメガネに搭載したセンサーで検知し、疲れや眠さ、集中力の度合いなどを「見える化」してくれるという。まさに、「見えない自分が見えるメガネ」だ。

眼電位を計測可能なメガネ 「JINS MEME」
眼電位を計測可能なメガネ 「JINS MEME」 提供:株式会社JINS

さらに、ユニークな取り組みとして注目を集めるのが「超人スポーツ」の研究。スポーツに「人間拡張」の知見を取り入れ、その研究成果を社会のさまざまな場面で役立てようという挑戦だ。競技アイデアのひとつが「バブルジャンパー」。ビニール製バルーンとジャンピングシューズを身につけた選手がお互いに助走をつけてぶつかり合い、相手を倒すというシンプルなルールだが、初心者も熟練者も両方楽しめる絶妙なゲームバランスがポイントだ。

バブルジャンパー
超人スポーツ 「バブルジャンパー」提供:Team BJ / AXEREAL inc.

「ヒューマンデジタルツイン」の実現へ

そして今、稲見教授が「稲見自在化身体プロジェクト」の先に見据えるのは、「ヒューマンデジタルツイン」の実現だ。デジタルツインとは、現実世界の物体や環境のデータをもとにバーチャル空間にまったく同じ環境を“双子”のようにつくること。現実世界ではリスクのある実験やシミュレーションをバーチャル空間で行えるメリットがある。稲見教授が目指すのは、人間におけるデジタルツイン。まさに「分身」の世界だ。

「『自在化』の技術は、人間の身体だけでなく、人間が生きる環境も拡張していきます。メタバースなどのバーチャル空間を使えば、物理的な制限を超えることができます。バーチャル空間で現実世界と同じ体験ができるようになれば、人間の可能性はさらに広がります。『自在化』によって、未知の身体観を獲得した人間は、新たなフロンティアを見いだすことになるでしょう」

プロフィール

稲見昌彦
東京大学 総長特任補佐・先端科学技術研究センター 副所長/教授

東京工業大学(現・東京科学大学)生命理工学部生物工学科卒業後、同大学大学院生命理工学研究科修士課程修了。東京大学大学院工学研究科先端学際工学専攻博士課程修了。博士(工学)。マサチューセッツ工科大学コンピューター科学・人工知能研究所客員科学者、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授などを経て、2016年4月より東京大学先端科学技術研究センター教授に着任。

研究室の詳細

東京大学先端科学技術研究センター身体情報学分野
稲見・門内研究室

生理的・認知的・物理的知見に基づいて、システムとしての身体の機序を追究し、人間が生得的に有する感覚機能、運動機能、知的処理機能を物理的、情報的に拡張・補償する「身体情報学」に関する研究を行う。なかでもウェアラブル技術、ロボット技術、バーチャルリアリティなどを駆使した「人間拡張」および「自在化」技術の研究開発、社会実装に力を入れている。
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東京大学先端科学技術研究センター身体情報学分野 稲見・門内研究室

Text by 丸茂健一(minimal)/Illustration by 竹田匡志

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東京大学工学部
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AI・データサイエンス系のTOP研究室が集結
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情報技術で社会変革を!メタバース工学部にも注目

「情報、ネットワーク、メディア」技術で社会を変革し、文化を築くことを目指す電子情報工学科、情報に形を与え、モノに命を吹き込むことを目指す機械情報工学科などAI・データサイエンス系を学べる学科が多数ある。ディープラーニング(深層学習)の「松尾研究室」、人間拡張工学の「身体情報学分野 稲見・門内研究室」などのTOP研究室に入れる可能性も広がる。2022年7月設立の「メタバース工学部」も注目だ。

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