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【横浜市立大学】データサイエンスを駆使して免疫細胞を解析する 【横浜市立大学】データサイエンスを駆使して免疫細胞を解析する

【横浜市立大学】データサイエンスを駆使して免疫細胞を解析する

横浜市立大学 医学部

浅野 謙一 教授
浅野 謙一 教授
ASANO Kenichi
横浜市立大学医学部
微生物学
専門:免疫学、微生物学

AI・データサイエンス系大学・学部の研究室では、どのような研究が行われている? 近年、医療とデータサイエンスの融合研究に注目が集まっている。横浜市立大学医学部の浅野謙一教授は、データサイエンスの手法を活用し、免疫細胞「マクロファージ」の機能について研究している。浅野教授に、医学の基礎研究におけるデータ活用の有用性について聞いた。

免疫学と微生物学は表裏一体の学問領域

2024年に映画化もされた漫画『はたらく細胞』を読んだことがあるだろうか。人間の体内で働く数十兆個もの細胞を擬人化したこの物語で、重要な役割を果たすのが免疫細胞だ。横浜市立大学医学部で微生物学を担当する浅野謙一教授は、免疫細胞のひとつマクロファージの機能について、詳しく研究している。

浅野謙一教授

まず、浅野教授が担当する微生物学とは、どのような分野なのか——。これは、細菌、真菌、ウイルスなどの病原体がどのような性質を持ち、どのように体に侵入して増えるのかを理解する学問。病原体の特性を知ることで、感染症が発症するメカニズム解明と治療薬開発に貢献している。

一方、研究の専門分野である免疫学は、体の中で、免疫細胞が、「自己」と病原体などの「非自己」を見分け、異物を排除する仕組みを研究する学問領域だ。免疫系には、普段、食物や花粉のように有益あるいは無害な異物、さらに自分自身の細胞組織には反応しないよう厳重にブレーキがかかっている。このように、免疫系が応答しないことを「寛容」と呼び、何らかの原因で寛容状態を維持できなくなるとアレルギーや自己免疫疾患などが引き起こされる。今や日本人の国民病となっている「花粉症」も、免疫系が、本来は無害な花粉に過剰に反応することで発症する。

微生物学と免疫学

「微生物学と免疫学はまさに攻めと守り、表裏一体の学問領域といえます。病原体が進化して新たな戦略を生み出す一方で、免疫系もそれに対抗して発展してきました。2つの学問を並行して勉強することで、病原体と免疫系の奥深い攻防の歴史を知ることができます」

マクロファージが担う「破壊」と「修復」の二面性に着目

浅野教授はこれまで、免疫を調節する仕組みを理解し、病気の予防や治療に役立てる研究に取り組んできた。特に関心を持っているのが、単球やマクロファージが備えるユニークな機能だという。

免疫系は、大きく「自然免疫系」と「獲得免疫系」に分類できる。自然免疫系は地球上のほとんどすべての動物に備わっているのに対し、獲得免疫系は、ヒトを含む約3%の動物だけが持つ特別な仕組みだ。獲得免疫を担当するT細胞やB細胞は、ウイルスやがん細胞などにも対応できる有能な細胞。ただし、獲得免疫が必ずしも自然免疫の上位互換というわけではなく、自然免疫細胞と獲得免疫細胞が、密接に連携しながら働いている。

自然免疫細胞と獲得免疫細胞の主な細胞

浅野教授の研究対象であるマクロファージは、自然免疫の中心的役割を担う細胞。古くは海綿やクラゲのようなシンプルな生物にもその原型が認められる、最も原始的な免疫細胞だ。白血球の一種である単球が血流から組織に入り、分化するとマクロファージになる。

「もともとマクロファージは、病原体を食べて破壊するという『攻撃』に特化した免疫細胞と考えられてきました。しかし、最近の研究で、免疫の抑制や組織の修復にも参画していることがわかってきました。私は、この『破壊』と『修復』という相反する2面性に興味を持ち、マクロファージの性質がどのように変化するのか、どんな信号でスイッチが切り替わるのかを研究しています」

『破壊』と『修復』という相反する2面性

研究に用いるバイオインフォマティクスとは?

浅野教授がこの研究に用いるのが、バイオインフォマティクス(bioinformatics)と呼ばれる手法だ。これは、生物学(biology)と情報学(informatics)の融合領域のこと。DNAやRNA、タンパク質などの生体情報をコンピュータで解析し、生命現象の理解や病気のメカニズム解明、治療薬の開発などに役立てることを目的としている。

バイオインフォマティクス

マクロファージの働きを詳しく調べるためには、何か特定の分子や細胞だけに着目するのではなく、全体像のバランスを把握する必要がある。そこで、遺伝子、タンパク質、脂質などの発現を網羅的に解析する「マルチオミックス解析」などが欠かせないという。これは、何か一つのパラメータのみで評価するのではなく、ゲノミクス(genomics/遺伝子解析)、プロテオミクス(proteomics/タンパク質解析)、メタボロミクス(metabolomics/代謝物解析)など複数の指標を統合した解析手法のこと。まさに、バイオインフォマティクスである。

2種類の単球が供給されるメカニズムを解明

「感染や組織傷害が起こると、まず好中球、単球やマクロファージなどの自然免疫細胞が異常を感知して急性炎症を引き起こします。ただ、自然免疫細胞の破壊力は大きく、二次的な組織傷害につながる怖れもあります。興味深いことに、単球やマクロファージは、急性炎症の原因が排除されると速やかに炎症を収束させるばかりか、炎症で傷ついた組織の修復も助けることがわかってきました。そこで気になるのが、単球やマクロファージがどのように、炎症の促進と収束、破壊と再生という相反する要請に応えているのか……。この謎に迫るため、私はAI(人工知能)の機械学習やシングルセルRNAシークエンス解析(※)などの技術を駆使して、マウスの炎症組織における自然免疫細胞の性質の変化を解析。その結果、炎症の経過に応じて性質の異なる2種類の単球が供給されることを発見しました」


(注釈)
※シングルセルRNAシークエンス解析
細胞一つ一つの遺伝子の動きを調べる技術のこと。生物の組織は多種多様な細胞から成り立っていて、それぞれ異なる役割を持っている。従来のRNA解析は、組織全体の平均的な遺伝子の働きを調べるものだったが、シングルセルRNAシークエンス解析することで、個々の細胞がどのような活動をしているのかをより詳細に把握できる。身近な例だと、クラス全体の平均点を見て、「このクラスは優秀だ!」とか「前の学期より成績が上がった」と判断することがある。でも、一人ひとりの成績を細かく見ると、成績が伸びた生徒もいれば逆に下がった生徒もいるはずだ。それに数学が得意な生徒もいれば、国語が得意な生徒もいる。全体の平均だけではわからない、個々の特徴が見えてくる。シングルセルRNAシークエンス解析はこれと似ている。従来のRNAシークエンス解析は、クラス全体の平均的な遺伝子の働きを調べるものだったが、シングルセルRNAシークエンス解析することで、ある組織を構成する個々の細胞がどのような特徴を持っているかを細かく分析できる。

シングルセルRNAシークエンス解析
炎症の急性期と回復期において2種類の単球が供給される

浅野教授は、自身の研究によって独自に発見した修復性単球を「制御性単球」(上図参照)と命名し、分化や増殖の方法を全面的に解明することに成功した。具体的には、炎症組織における遺伝子やタンパク質の微細な変化を観察し、炎症回復期における「制御性単球」の誘導にどのような因子が関与しているかを明らかにしたという。横浜市立大学医学部には、こうした実験を可能にする最新の分析装置がある。まさに医療とデータサイエンスの融合研究がここで行われているのだ。

「データサイエンスの強みは、『多くの情報を整理し、見える化できること』です。膨大な数値データをわかりやすくグラフや図に変換することで、私たち基礎研究者も直感的に理解しやすくなります」

浅野 謙一 教授

浅野教授の今後の目標は、免疫細胞の働き、特にマクロファージが炎症を鎮める力、壊れた組織を再生する力を活かして、自己免疫疾患や炎症疾患の新しい治療法を開発すること。また、微生物が免疫系の監視をすり抜ける戦略を解明し、その知見をヒトの免疫力だけでは排除が困難な病原体による感染症の治療に応用したいと考えているという。

制御性単球療法の開発
制御性単球療法の開発

医学部とデータサイエンス学部の共同研究に期待

話を聞くだけでワクワクする医療×データサイエンスの融合研究だが、これは医学部に進学しなければ、できないのだろうか? 答えは「NO」だ。浅野教授が担当する微生物学をはじめとする横浜市立大学医学部の研究室では、大学院修士課程から医学部生以外の学生も積極的に受け入れている。つまり、化学や生物学、情報学を学んだ学生が、医学部と共同研究をしたり、大学院医学研究科に進学し、治療や創薬の基礎研究に従事したりするという道もあるのだ。これは、医療系に興味のある受験生にとって、新たな選択肢になるだろう。

最後に浅野教授から、医療×データサイエンスの分野に興味がある受験生に向けてメッセージをいただいた。

「私を含め、医学部には、数字と記号があふれたデータサイエンスの無機的な世界に苦手意識を持つ研究者が多いように感じますが、データを読み解く力はとても重要です。病気の成り立ちからAIのアルゴリズムまで俯瞰できるデータサイエンティストは、今後ますます引っ張りだこになっていくでしょう。横浜市立大学には、データサイエンス学部もあります。医学部とデータサイエンス学部の共同研究もこれから進むと期待しています。横浜市立大学で一緒に学び、治療や創薬に役立つ研究に挑戦しましょう」

【プロフィール】

横浜市立大学医学部微生物学
浅野 謙一教授

1999年東京医科歯科大学医学部卒業。東京都立墨東病院腎臓内科、土浦協同病院内科、東京医科歯科大学医学部付属病院内科などで臨床医を経験後、2006年に東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科博士課程修了(腎臓内科学、医学博士)。ハーバード大学医学部ブリガム病院リサーチフェロー、理化学研究所 免疫・アレルギー科学総合センター (現生命医科学研究センター)基礎科学特別研究員、東京薬科大学生命科学部免疫制御学研究室・准教授を経て、2024年4月より横浜市立大学医学部微生物学・教授。
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浅野 謙一 准教授

Text by 丸茂健一(minimal)/Illustration by 竹田匡志

UNIVERSITY INFO

横浜市立大学大学院医学研究科
YOKOHAMA CITY UNIVERSITY
Graduate School of Medicine
新しい時代の医学・医療を担うグローバルリーダーを育成
横浜市立大学大学院医学研究科
新しい時代の医学・医療を担うグローバルリーダーを育成

バイオインフォマティクスを駆使した先端研究も盛ん

生体や疾病のしくみを個体から細胞、分子の各レベルにおいて明らかにし、生命科学や医学の発展に貢献する創造的研究で世界をリードする医療人材を育成。バイオインフォマティクスなどの最新技術を駆使して、新たな予防・診断・治療法の開発に挑んでいる。

カテゴリ

公立大学

研究科・専攻

大学院医学研究科
■医学研究科/医科学専攻

修了者の主な進路先(平成20~22年度)

修士課程修了者
横浜市立大学医学研究科博士課程/横浜市立大学医学部・附属病院/アイロム(SMO)/カネボウ化粧品(研究職)/大塚製薬(研究職)/ノガミ薬局(薬剤師)
博士課程修了者
横浜市立大学医学部・附属病院(助教・医師)/茅ヶ崎市立病院(医師)/琉球大学医学部(助教)/GPバイオサイエンス(研究職)/東京大学分子生物学研究所(研究職)/明治大学研究・知財戦略機構(研究職)/国立国際医療センター(技官)/Detroit Medical Center,Neurosurgery(医師)

所在地・アクセス

福浦キャンパス・附属病院
〒236-0004 横浜市金沢区福浦3-9
JR「新杉田駅」・京浜急行「金沢八景駅」よりシーサイドライン「市大医学部駅」下車徒歩1分

問い合わせ先

横浜市立大学医学部・大学院医学研究科
TEL : 045-787-2511

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