【データサイエンスCROSSTALK】大学&企業に聞く「データサイエンス」でスポーツビジネスを活性化する方法とは?
データスタジアム株式会社 山田 隼哉 さん
関東学院大学 経営学部 奈良 堂史 准教授

野球アナリスト
専門分野:スポーツ・マネジメント、サービス・マネジメント

プロスポーツにおける「データ活用」が、いま大きな注目を集めている。試合の戦術分析やトレーニングにデータ分析は欠かせないものになり、さらに最近では、スポーツビジネスの現場でもデータ活用が急速に進んでいる。スポーツファンの心を刺激し、商品・サービスとして成立させるためのデータ活用とはどのようなものなのか。今回は、スポーツデータ分析のプロフェッショナル集団であるデータスタジアム株式会社で野球アナリストを務める山田隼哉さんと関東学院大学経営学部でスポーツ・マネジメントを研究する奈良堂史准教授に、企業・研究者それぞれの視点から最新事情を語り合っていただいた。
ロボット審判は「テクノロジーとデータ分析の合わせ技」
——プロスポーツにおけるデータ活用が、何かと話題です。おふたりが最近気になっているスポーツデータ活用の事例があれば、教えてください。
山田隼哉さん(以下、山田) 今年からメジャーリーグで導入された「ロボット審判」が面白いですね。正確には、基本は審判が目で見て判定し、選手が異議を唱えたときだけ機械が自動判定する「チャレンジ制」のシステムです。テクノロジーの進化として注目されがちですが、私はむしろ「テクノロジーとデータ分析の合わせ技」だと思っています。

——どういうことでしょう?
山田 ボールがどこを通過したかはテクノロジーで計測できます。しかし、それを「ストライク」とするか「ボール」とするかは別問題なのです。当初はルールブック通りのストライクゾーンを適用しようとしましたが、うまくいかなかった。例えば、ワンバウンドするようなカーブでもルールブックを杓子定規に当てはめるとストライクになってしまう。でも、そんな球を今まで誰もストライクとは呼んでいないし、選手もそれを前提にプレーしています。そこで、過去のデータから「実際の試合で運用されているストライクゾーン」を定量化したうえでプログラムする方法を採用しました。その後もマイナーリーグでさまざまなテストを重ね、フィードバックを得ながらメジャーリーグでの導入に至っています。まさにデータ分析の積み重ねがあってのテクノロジーなのです。
——奈良先生はいかがですか?
奈良堂史准教授(以下、奈良) 私は文系学部の人間なので、やはり「人」というところに関心があります。「データ活用」と「人」という観点で言うと注目しているのが、トロント・ブルージェイズでアナリストを務める加藤豪将(かとう・ごうすけ)さんです。加藤さんは、アナリストとしての「データ分析」と、ご自身が元選手として、現役選手がもつ「データ」と「感覚や経験」のズレを橋渡しする、いわば「データの通訳」の役割を担っているそうなのです。プロスポーツの世界では、データを分析するのはもはや当たり前。だからこそ、それをどう選手に体現してもらうか、いかに早くPDCAサイクル(※)を回せるか——そこで差がつきます。新しい職種でもあり、選手のセカンドキャリアという意味でも面白いと注目しています。
※PDCAサイクル=PLAN(計画)→Do(行動)→Check(評価)→Act(改善)のサイクルを回すこと。

山田 現場の感覚でも、元選手の方がアナリストをやる強みは大きいと思います。結局、データを聞く側も人間ですからね。信頼関係がないと、まず聞く耳を持ってもらえない。それに、データはどうしても「正論」になりがちです。「これは間違っていますよ」「こうした方がいい」という具合ですね。それを選手が実行できるか、言われた側がどんな気持ちで受け取るかを考えて、“腹落ち”する形で伝えないとプレーには反映されません。「正論」を言うだけでは人は動かない。だからこそ、伝え方の工夫——コミュニケーション能力がすごく重要だと言われています。
奈良 もうひとつ、近年ではチームとの契約や移籍交渉の場面でデータを活用する「選手」も出てきました。例えば、サッカーのケヴィン・デ・ブライネ選手(伊セリエA・ナポリ所属)は、データ分析会社を使って、自分のプレーが得点や勝利にどれだけ貢献したかをレポート化し、契約交渉に活用したと言われています。これまで選手の評価は球団=マネジメント側がするものでしたが、選手が自分でレポートをつくって売り込んでいく。これは面白い変化だなと思いますね。
山田 評価する側とされる側、両方がデータを持つ時代になってきたと。
奈良 そうです。それともうひとり、東京ヤクルトスワローズの清水昇投手(國學院大學から2018年ドラフト1位のリリーバー)にも注目しています。野球中継でたまたま知ったのですが、清水投手は、回転数や回転軸、ボールの軌道など「データ的に正解とされる投球」から、あえて外すトレーニングをキャンプから試行錯誤しているといいます。スポーツにデータ分析は必須だけれど、問題なのは「同質化」です。みんなが同じ方向を目指せば、攻略法も確立されます。だからこそ、データを踏まえたうえで、あえて個性を磨こうとする選手の動向は面白いですね。
扱うのは「イベントデータ」と「トラッキングデータ」
——山田さんが所属するデータスタジアム社は、まさにスポーツデータ分析のプロ集団です。具体的にはどのようなビジネスをされているのでしょうか。
山田 私は野球担当なので、野球の話を中心にお話しします。基本的なクライアントは、日本のプロ野球球団とNPB(日本野球機構)です。球団に対しては、分析用のソフトウェアや映像を検索するシステムなどを提供したりしています。それに加えて、各球団が抱える分析上の課題——例えば、「この選手の改善ポイントは?」「今シーズンを振り返って、チームの強み・弱みはどこか?」といった問いに対して、レポートを作成したり、ミーティングでプレゼンとディスカッションをしながらアドバイスをしたりします。シーズン中もオフも同様の仕事をしています。
——扱うデータというのは、具体的にどのようなものですか。
山田 プロ野球だと、基本になるのは1球ごとの「イベントデータ」です。ピッチャーが投げて、ファウルになった、空振りになった、打球が飛んでどの選手が処理して、ランナーがアウトかセーフか……つまり「何が起きたか」の記録ですね。これを弊社で20年以上、ずっと取りためています。そこに最近増えてきたのが「トラッキングデータ」です。ボールの回転数や回転軸、選手の位置や体の動きまで、これまで人間の目では測れなかった要素をレーダーやカメラで数値化できる時代になりました。これらを組み合わせると、「このピッチャーはなぜ空振りが取れるのか」「なぜこの打球は良い結果になっているのか」を細かく紐解いて、改善ポイントを見つけ、提案していくことができます。

奈良 データの分析・活用が見事にハマって、選手が劇的に変わったような例はありますか。
山田 ありますね。例えば、メンタル面の話なのですが……ある球団のピッチャーについて、「初球ストライクを取ったとき」と「取らなかったとき」で、相手打者の出塁率がどう変わるかを出してみたことがあります。本人は「初球、甘いところに行って打たれるのが怖い」と言う。しかし、データを見ると初球をストライクゾーンに投げて打たれる割合はわずかで、初球ストライクを取るだけで出塁率は大きく下がるのです。それをデータを根拠に伝えたことで、初球から勇気を持ってストライクを投げられるようになった、というケースがありました。
奈良 「初球ボールのほうが、実はリスクが高い」とデータで“腹落ち”させたわけですね。
山田 感覚で決めつけていたことがデータで覆っていく——。そこがスポーツデータ分析の面白いところです。
経営学の知見でスポーツの価値を高める
——続いて奈良先生のご専門である「スポーツ・マネジメント」「サービス・マネジメント」とは、どのような研究分野なのでしょうか?
奈良 まず「スポーツ・マネジメント」は、スポーツの価値を財やサービスと結びつけて、多くの人に享受してもらったり、価値そのものを高めていったりするために、スポーツ組織の管理・運営を研究する学問です。スポーツの価値とは、やることで生きがいが生まれる、健康になる、友達ができるといったものを指します。一方、「サービス・マネジメント」は、サービスという商品の特徴に着目します。サービスは、形あるプロダクトと違って、目に見えにくい。だからこそ、評価しにくいし、品質を一定に保ちにくい——スポーツも典型で、最高の試合もあれば、同じチケットなのに「来なきゃよかった」という試合もある。さらに、顧客自身が生産に関わる、という特徴もあります。例えば、音楽ライブのペンライト。演者の呼びかけに応じてファンが一斉に振ることで、非日常空間が生まれますよね。あれはお客さん自身がサービスを一緒につくっている。しかも1回きりで、貯蔵も保管もできない。こうしたサービスならではの特徴に配慮しながら、価値をどう高め、見えにくいものをどう売っていくかを研究するのが、サービス・マネジメントです。
——その研究で、データを活用する場面はありますか。
奈良 もちろんです。例えば、スポーツ・マネジメントなら「ファンの観戦動機調査」です。球場でアンケートを取って、何のために観に来ているのか、観戦に何を求めているのかを統計的に明らかにする。サービス・マネジメントなら「顧客満足度調査」や「顧客ロイヤルティ調査」ですね。ここで面白い話がひとつあります。私たちは「顧客満足度No.1」と聞くと、つい「品質が高いんだろう」と考えますよね。でも、これは間違っているケースが結構あります。満足度調査は、事前の「期待」と実際に受けた後の「成果」の差分で測ることが多い。例えば、クリーニング店のA店とB店を比較するとします。A店は「あまりきれいにならない」と評判で、5段階で「1」しか期待値がない。その上で仕上がりが「3」の評価だと、満足度は大きくプラスになります。一方、B店は名店で「新品同様になる」と期待値が「5」になる。この場合、実際の仕上がりが「5」の評価でも満足度は上がりません。すると、品質(仕上がり)は「3」のA店の方が、品質(仕上がり)で「5」のB店に満足度では勝ってしまう。つまり、「満足度が高い=高品質」とは限らないんですね。学生にはこういう話をして、「賢い消費者になろう」と伝えたりしています。

データが生み出す新しいスポーツビジネスとは?
——スポーツデータは戦術分析やトレーニングに使う印象が強いですが、データスタジアム社には、データでスポーツ「ビジネス」を支援するようなサービスもあるのでしょうか。
山田 あります。例えば、サッカークラブ向けに、SNS用のインフォグラフィック(データを使った図版)的なコンテンツを自動生成して提供しています。クラブの広報担当者の負荷軽減になりますし、画像に企業ロゴを配置することでスポンサーシップや、ファンとのエンゲージメント(強い結びつき)強化にもつながります。あとは、放送局や出版社などメディアにもデータを提供しています。中継の中で「この選手のすごさ」をデータで紹介してもらったり、我々アナリストが番組に出演して解説したり、ということもやっています。これもデータのビジネス活用になりますね。

奈良 最近は、野球中継でOPS(On-base Plus Slugging/出塁率+長打率)のような指標が当たり前に出てきますよね。コアなファン向けの配信だけでなく、NHKのような幅広い視聴者向けの放送でも使われていて、データがファンの中に浸透してきた実感があります。
山田 野球は特にデータと相性がいい。サッカーやバスケットボールはプレーが途切れにくく、攻撃と守備が同時に行われる。でも野球は攻守がはっきり分かれていて、基本は投手対打者の1対1。だから形式化しやすいのです。
——試合の運営に関わるようなデータ活用もありますか?
山田 例えば、野球は「何時に終わるかわからない」競技で、2時間半で終わる試合もあれば4時間かかる試合もある。これは球界にとって大きな課題です。そこで、試合内容から終了時間を予測するモデルをつくったりしています。これがうまくいけば、球場周辺の飲食店や交通機関にとって有益な情報になる。「今日の試合は16時10分頃に終わります」とデータで予測できれば、いろいろなビジネスに活かせますよね。
奈良 スポーツビジネスは「外部性」の高い商材ですよね。ファンと球団のチケットのやりとりが、周辺の飲食店の売上に影響する。「阪神が勝つと特定のスポーツ新聞が売れる」なんていうのも外部性の例ですよね。みんなが球場に集まれば、周辺のコンビニの仕入れ量も変わる。なので、周辺領域までデータ活用が広がるとビジネスの可能性も大きく広がります。
山田 最近は映像のライツ(権利)管理にもデータを使っています。例えば、Jリーグには過去30年・何千試合もの映像があります。そこに「いつ・どこで・誰が・何をしたか」というイベントデータを紐づけておくと、「1995年のあの試合の何分に誰がシュートを打ったか」で検索できる。膨大なアーカイブから特定のシーンをすぐ探せるようになり、映像というアセット(資産)の価値が上がるのです。
奈良 データを持っていること自体が価値になる。
山田 そうですね。データのアクセシビリティ(利用しやすさ)を高めることが、ひとつのビジネスになります。
——スポーツ・マネジメント、サービス・マネジメントの視点から見た「スポーツ」という商品の価値とは、どのようなものでしょう?
奈良 スポーツの価値にはさまざまな捉え方がありますが、大事なのは「さまざまな活動の土台(プラットフォーム)になってくれる」という点だと思います。スポーツには、健康・教育・経済・地域・政治・環境・コミュニティ活性化、生きがい、社会規範……いろいろな側面がある。つまり、経済的・財務的に測れる「ハードの価値」だけでなく、目に見えない「社会的・公共的な価値」という「ソフトの価値」がある。これが私たちの日常にとって、とても大切だと考えています。
——そこで経営学の知見が活きてくると?
奈良 はい。これも考え方はさまざまですが、私は大きく2つあると思っています。1つは「ステークホルダー・マネジメント」。スポーツビジネスには、考え方の異なる多くの利害関係者がいます。ファンや競技関係者は「とにかく勝ってほしい」。しかし、メディアや物販に関わる人は「最悪、勝てなくても人気が出ればいい」と思っているかもしれない。一方で、施設関係者は地域貢献を考える——。このようにチームへの第1要求が関係者によってバラバラなのです。オリックス創業者・宮内義彦さんも、かつて「ステークホルダーの第1要求が異なるから難しい」という趣旨のことを語っておられました。この異なる要求を調整し、理解や共感を得ながら巻き込んで組織を運営していく。ここに経営学は貢献してきたと思います。もう1つが、先ほどの「社会的・公共的価値」の視点です。「スポーツレガシー」という言葉があります。これは大会後に残る物的な施設だけでなく、誇りや生きがいといった目に見えない遺産も含みます。1964年の東京オリンピックが「復興の象徴」になったように。経済学が「測れるもの」を中心にしてきたのに対し、こうした目に見えない価値に光を当てたのも経営学のひとつの貢献だと思っています。

——球団経営の実例で、データが活きた例はありますか。
奈良 横浜DeNAベイスターズの事例がわかりやすいですね。日本のスポーツビジネスは、欧米型の「放映権中心」ではなく、チケット収入を軸にした興行型の「箱物ビジネス」です。スタジアムという箱にお客さんを入れ、物販・飲食が売れ、満員が続けば中継で観るしかないので放映権が売れ、放映されるとマスマーケットになって広告価値が生まれ、スポンサーが付く——この循環をつくる。そのためには、箱の中が常に楽しくなければいけない。「勝てば満員、負ければガラガラ」では困るわけです。ベイスターズは、2012年に球団社長を務めた池田純さんの頃から「アクティブサラリーマン」——つまり、30〜50代で、ある程度お金があり、SNSをやって、お酒を飲むのが好きな層をデータで狙いました。彼らが熱烈に応援すれば、家族や同僚、友人を連れてくる。当時は「カープ女子」のように女性ファンを直接狙う発想が主流でしたが、池田さんは「アクティブサラリーマンに支持されれば、自然と女性も子どもも来てくれる」と読んだ。実際、いまや球場稼働率が9割を大きく超え、チケットが取りにくいほどです。「勝っても負けても楽しかった」という空間をつくる。そこにもデータ活用が生きてくるのです。
「感動」や「熱量」は数値化できるか?
——スポーツデータは、選手のプレーだけでなく、観る人の「感動」や「熱量」まで「見える化」できるものなのでしょうか。
山田 SNSの反応や「いいね」、スタジアムの歓声の大きさ……そういうものは数値化できそうですね。ただ、それがチームの価値向上につながるかは別問題で、肝心なのは「どんな試合・どんなプレーで、その熱狂が起きたのか」を紐づけられるかどうかです。例えば、「ホームランが熱狂を生む」とわかれば、「ホームランを打てる打者を揃えた方がお客さんが来る」という話になる。単に熱量を数値化するだけでなく、それが試合やチームの何と関連しているのかが見えて初めて、価値のある情報になります。あとは、先ほど奈良先生がおっしゃった「期待値」も重要です。意外な選手が打つから熱狂する。サプライズや「これから何かが起きそうだ」という予感が熱狂を生む。それをどう測るかは、難しいところですね。
——感動や熱狂の可視化について、奈良先生のご意見はいかがですか?
奈良 まだこれからの領域ですが、徐々に研究は進みつつあります。例えば、明治大学の水野誠教授の研究では、プロ野球ファンがチームに何を求めているかを調査したものがあります。それによると、巨人や阪神のファンは「勝利」を求める傾向が強い。一方で、広島カープのファンなどは、勝利よりも「ファン同士の交流」や、スタジアムでの「非日常的な体験」、「チームの成長や選手の頑張り」を重視する。いわゆる“推し活”のような楽しみ方なんですね。弱かった頃から応援してきた、という物語も含めて楽しんでいる。今後、心理学や情報学など異なる分野の研究者が分野を超えて共同研究をすれば、もっと発展していくと思います。
——勝てるチームと、ファンが集まるチームは、必ずしもイコールではないと。
奈良 その通りです。「勝利こそ最大のファンサービス」という言葉もありますが、必ずしもそうとは限らない時代になってきました。だからこそ、「データの価値」はビジネスモデルの観点からも重要になります。今、プロ野球は多くの球団で稼働率が9割を超え、「満員」になった後をどう考えるか——という段階に来ています。今後は放映権の価値向上やサイバー空間へのビジネス展開が鍵になる。そして、サイバー空間と親和性が高く、コンテンツの魅力をさらに高めてくれるのが「データ」なのではないかと考えています。
山田 その意味では、今年2月から配信が始まったアプリ「NPB+(プラス)」も新しい例です。ホークアイのデータを使って、投手なら球速・回転数・変化量・回転効率、打者なら打球速度・スイングスピード・打球角度、ホームランになりやすい「バレル率」など、いろいろな野球のデータを楽しめる。やはり「楽しい」という価値が大切だと思いますね。

最後の判断を担うのは、やはり「人間」
——あらためて、スポーツデータを分析するというお仕事や研究の「面白さ」とは何でしょう?
山田 スポーツは最終的に「人間が体を動かして行うもの」なので、データ通りにならないことが多いのです。途中でエラーも起きるし、メンタル面の影響も受けるので、完全な再現性はない。それでも一定の傾向を見出して、少しでも確率の高い選択肢を選んでいく——そこがスポーツデータ分析の面白さだと思います。突き詰めると、結局「n=1」、つまりその選手にデータが当てはまるかどうかは最後までわかりません。うまくいかないからこそ面白い。しかも、スポーツは人間同士の対戦なので、相手も対策してくる。いたちごっこで、有効な策はどんどん変わります。その都度、最適解を見つけ直さなければいけない。例えば、昔は「ストレートが高めに行くのはダメ」と言われましたが、今はバレルゾーンに打球を入れるアッパースイングが主流になり、「高めに速い球を投げるピッチャーがいい」と評価が変わってきています。トレンドの変化に合わせて、選手も、後ろにいるデータ班も戦術を変え続ける。そこも面白さだと思いますね。
——奈良先生は、経営学の視点でどのような面白さを感じますか。
奈良 私は「意思決定」のところに面白さがあると思っています。1978年にノーベル経済学賞を受賞したハーバート・サイモンは、意思決定には2つの前提があると言いました。1つは「事実前提」。これはまさにデータサイエンスの世界で、過去に起こった事実から確率論的に戦略を立てる。もう1つが「価値前提」。人がその信念や倫理観、経験則や直感に基づいて判断する、という前提です。たとえば、WBCの決勝、ビハインドの最終回、2アウト1打サヨナラの場面で、打者は大谷翔平。過去の対戦成績や傾向から、データ的には「代打のほうが勝てる」という結果が出たとしましょう。「事実前提」だけなら代打です。でも「価値前提」で言えば、みんなが見たいのは大谷の打席ですよね。チームメイトも「彼が打てないなら仕方ない」と納得できる。ファンもそれを望んでいる。この2つがせめぎ合う。その「判断」の部分は、データやAIではなく、「人間」や「組織」の仕事なのです。さらに言えば、結果に対して「責任をとる」のも人間の仕事です。
山田 スポーツ現場でも、データはあくまで判断の「補助」です。例えば、2013年、楽天が日本一になった日本シリーズ。第6戦で田中将大投手が160球を投げて負け、第7戦にもつれ込んで、最後はまた9回に登板した。常識からすれば、前日に160球を投げたピッチャーをあの場面で投げさせるのはありえないし、逆転リスクも、選手の故障リスクもある。それでも、監督の価値観、ファンの期待……いろいろなものを総合して、あの意思決定になった。「事実前提」と「価値前提」の折り合いをつけた結果です。そこに正解も不正解もありません。
文系でもデータサイエンスの時代
大切なのは「何がやりたいか」
——奈良先生の所属は経営学部です。データサイエンスは理系学部で学ぶイメージがありますが、あえて経営学部で学ぶメリットはありますか?
奈良 まず高校生の皆さんに伝えたいのは、大学には「教養科目」と「専門科目」があり、経営学部でも4年間ずっと経営学だけを学ぶわけではないということ。その中で、データサイエンスを学ぶ機会はたくさんあります。例えば、関東学院大学では、2023年度の入学生(現在の4年生)から、全学共通科目で「KGU データサイエンス概論」と「KGU データサイエンス演習」を履修可能にしていて、どの学部に入ってもデータサイエンスの基礎をしっかり学べます。さらに言えば、文系には数学に苦手意識を持つ学生も多い。無理に理系学部に入って「ついていけない」となるより、「大学から学び直すぞ」「同じ苦手意識の仲間となら頑張れる」くらいの意識でやっていける——これが文系学部でデータサイエンスを学ぶメリットだと思います。経営学は、ひと言でいえば「ビジネスパーソンの仕事を科学する」学問です。“仕事の科学”という視点を理解したうえでデータも扱える人になる——これが経営学部で学ぶ最大のメリットだと思います。だから「データサイエンスを学びたい」というより、「データを使って○○がしたい」という意思が大切だと思いますね。

——AIの登場で社会の変化が加速するなか、データを扱えるスキルは今後も強みになりますか?
山田 強みに「できる人」と「できない人」に分かれていくと思います。AIは「問いを解く」のは得意です。解くべき問題が決まっていれば、手法の提案もコーディングも数秒でやってくれる。使わない手はありません。ただし、「問いを立てる」のは苦手です。解くべき問題は何なのか? つまり、5W1Hの「Why(何のためにやるのか)」は、人間が判断して決めるしかありません。逆に言えば、問いを立てられる人は、AIを道具として使いこなして、仕事や勉強をどんどん有利に進められるようになれると思います。
奈良 おっしゃる通りだと思います。例えば、「10連敗で困った」というチームが本当に問うべきなのは、「今何をすべきか」よりも「今すぐ勝つ必要があるのか」ということだったりしますよね。チーム再建のフェーズなら、今は負けても仕方ないと思えるかどうか——。その問いを立てて、相手と共有し、解決策を一緒に考えるスキルが、AI時代と呼ばれる今こそ求められると思います。もう1つ付け加えるなら、AIにできない力として「共感力」や「周りを巻き込む力」があります。問いに共感してくれる人を集めて、一緒に解決しようと巻き込んでいく。ひと言で言えばリーダーシップですね。こういう「人間力」にあたるものが、ますます大切になると思います。
——最後に、「スポーツ」「ビジネス」「データサイエンス」というキーワードに興味・関心のある高校生に向けてメッセージをお願いします。
山田 やりたいことがまだ決まっていない人こそ、データサイエンスを学ぶのがおすすめです。かなり汎用性の高い知識なので、スポーツはもちろんどのような業界でも役立てることができます。なので、将来何がやりたいか決まっていない人にこそ役立つと思います。もちろん、スポーツが好きで、スポーツデータ分析をやってみたいという人も大歓迎です。これからますますニーズが増えるビジネス領域だと思います。まずは、初歩のスポーツデータ分析から挑戦してみて、そこから「もっと知りたい」「自分のやってきた練習法は正しかったのかな」と知的好奇心に変えられたらいいですね。

奈良 私からのメッセージは2つあります。1つは、「まず自分でやってみよう」。スポーツに関心がある高校生の多くは、いま部活動でプレーしていると思います。今の時代は自分のプレーをデータ化するアプリも手に入りやすい。人に取ってもらうのではなく、自分で集めて、自分で分析してみる。それでピンときたら、大学で本格的なスポーツデータ分析やスポーツアナリティクスに挑戦すればいいと思います。もう1つは、データやAIは「自分で考える」「思考を深める」ための伴走者だということをお伝えしたいですね。大切なのは自分の頭で考えること。受験対策のことを考えるよりも、まずは今の高校で、いろいろな角度から物事を考える土台になる「教養」を身につけてほしい。高校での学びは、まさに教養ですよね。だから、ひと言で言えば、「今を懸命に生きろ!」ということです。ぜひ高校で幅広く学び、探究してきた成果を大学での新たな学びにぶつけてください。
【取材協力】
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「スポーツの力を、社会の熱量に」をパーパスに掲げ、データとソリューションでスポーツに新たな価値を創出している。スポーツ業界が抱えるさまざまな課題に対し、データ・IT・ノウハウを駆使して解決。データの取得や管理のみならず組織を最適化するためのコンサルティングなどにも携わっている。
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※掲載情報は、2026年6月時点のものです。
Text by 丸茂健一(minimal)/Photo by 荒熊流星
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「社会連携教育」を教育の柱として掲げる
神奈川県横浜市を拠点に、文系・理系・医療系の12学部14学科10コースを擁する総合大学。「社会連携教育」を教育の大きな柱として掲げ、教室の中だけで学びを完結させるのではなく、学外も学びのフィールドと捉え、企業・自治体・地域団体と協働しながら実践的に学ぶ教育を展開している。全学共通「KGUデータサイエンスプログラム」を設置しており、全学部生がデータサイエンスの基礎を学ぶことができる。
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