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【講演】量子コンピュータでWell-beingを実現する

QuEra Computing 戦略顧問 北川 拓也 さん
北川 拓也 さん
QuEra Computing
戦略顧問

プログラミングスクールLife is Tech ! (ライフイズテック)が2023年夏に開催した中高生向け講演会「未来を切り拓くAIの授業」。今回は、ハーバード大学発の量子コンピュータスタートアップ企業QuEra Computingの戦略顧問北川拓也さんがゲスト。理論物理学者でもある北川さんが描く「AI時代のWell-being(ウェルビーイング)」とは?

世界を変えてしまうような次世代コンピュータを開発する

講演風景1

私は現在、アメリカのボストンにあるQuEra Computingという会社で、「戦略顧問」という仕事をしています。ここで仲間と一緒に次世代の量子コンピュータをつくっています。簡単に言うとものすごく処理速度が速いコンピュータで、これをまともに使えるようになると毎日ノーベル賞級の発見が生まれるようになるかもしれません。

その前は楽天という会社で働いていました。ここでは常務執行役員をしながら、CDOという肩書きをもらっていました。これは、「チーフデータオフィサー」といって、AIやデータの戦略づくりを担当していました。ここでの一番大事な仕事は、会社で働くみんなのやる気と結果を最大化できるような仕組みをつくることでしたね。

私はもうすぐ40歳になるのですが、これまで20年以上いろいろな研究や仕事をしてきて、次の10年、20年を考えたときに、大学時代に学んでいた物理の世界で仲間と一緒に仕事をしたいと思って、アメリカのベンチャー企業に参加しました。

ここで私がやりたいのは、物性物理の理論、つまり量子コンピュータを使って、Well-beingを実現するということなんです。どうしてそんなことを考えるようになったのかを今日はお話ししたいと思います。

講演風景2

Well-beingを考えるきっかけになった「転校」

私は兵庫県西宮市というところで生まれました。甲子園がある場所です。小学校の頃はサッカー少年でした。ボスキャラでもなく、それほどうまくもなかったのですが、なぜかチームではキャプテンを任されていました。そのとき学んだのは、キャプテンとかリーダーって、誰でもできるんだなってことですね。その後もわりとリーダーを任されることが多い人生になっています。

転機になったのは、1995年の阪神淡路大震災でした。そのとき小学校4年生だったのですが、突然、学校が2〜3か月休みになって、お風呂にも入れない生活になったのは、やはり衝撃でしたね。その後、名古屋の小学校に少しの間、転校することになります。

なぜ小学校の話をしたかというとこの転校というのが、私がいま研究しているWell-beingと関係が深いんです。研究によると若い頃に転校や生活する場所の移動をした経験は、その人の身体的・精神的・社会的に良好な状態であるWell-beingに大きく貢献するという結果が出ているんです。私はその後、中学3年生のときに1年間、アメリカ留学に行くのですが、それもぜんぜん苦じゃなかった。これは間違いなく因果関係があると思いますね。

その後、中学から兵庫に戻って、中高一貫校に通って、大学はアメリカに行きました。これは、中学時代に交換留学でアメリカに行っていた影響もあります。ただそれ以上に、当時、宇多田ヒカルさんがニューヨークのコロンビア大学に行きますみたいな話があって、めちゃくちゃかっこいいと思ったんです。そこで、僕も憧れだったハーバード大学に行こうと思って、願書を出して、ホントに入学してしまいました。

講演風景3

名門ハーバード大学で「理論物理学」の博士号を取得

ハーバード大学では、数学と物理学を専攻して、大学院の博士課程まで理論物理学の研究をしました。Ph.D.(博士号)を持っています。ハーバード時代の思い出といえば、2コか3コ上にFacebook(現Meta)の創業者であるマーク・ザッカーバーグがいたことですね。まさに彼がFacebookをつくったキャンパスの寮で僕も生活をしていました。

実際にハーバードの学生をした後もやはり、ハーバードは憧れの場所だと思います。すごく楽しかった思い出がある。とはいえ、わりと苦労もありましたが……。というのもいわゆる日本の大学生活と違って、サバイブ(生き残り)する感じの生活なんですよ。やはり言語の問題もあって、留学生が仲間をつくるのはまだまだ大変な時代だったんです。そのなかで苦労しながら人間関係を構築して、いまも続くような仲間もできました。そうですね……ここで人間関係のつくり方を学んだ気がしますね。皆さんもぜひチャンスがあったら、大学留学に挑戦してみてください。

これまで学んだ「理論物理学」と「経営」を融合した仕事

さて、今日は、AIやプログラミングに興味がある皆さんが集まっているということで、そろそろ量子コンピュータの話をしましょう。
私はハーバード大学の大学院博士課程を終了後、日本に帰国して、楽天に入社しました。史上最年少の常務執行役員として、チーフデータオフィサー(CDO)という仕事を任されました。

日本を代表するIT企業である楽天という会社で、仕事をさせてもらったのは本当にいい経験になりました。しかし、約10年働いて、38歳になったときに、次の10年かけて勝負するに足る仕事って何だろうとか考えるようになるんですね。そこで大好きだった理論物理学の世界の人と一緒に仕事をしながら、楽天で学んだ経営とか資本主義の在り方というものを融合して、何かできないかと考えたんです。

そこで、ハーバード大学時代の仲間と次世代の量子コンピュータをつくるという選択をしました。そこで、働き始めたのが現在のQuEra Computingというスタートアップ企業で、私はここで戦略顧問を務めています。もともと関係性ができている仲間たちからの声かけだったのが決め手になりましたね。

皆さんも社会に出るとわかるのですが、責任のある仕事を一定期間するとその重みを背負って生きていかなければ、満足のいく結果が得られなくなるんです。そこで、自分の20年を振り返ってみて、10年間、理論物理の研究をして、その後10年間、楽天で経営を学んだ。そこで、次の人生をかけるならこの20年の重みを思いきりぶつけられる場所だなと思って、ものすごく自然に現在の結論になったんです。

量子コンピュータは人類の科学の歴史を劇的に加速する

改めて量子コンピュータの説明をすると、これは量子力学の物理法則によって計算を行う、従来型とは異なる原理のコンピュータのことを指します。現在のコンピュータである「電子計算機」が2進法の演算回路をベースに構築されているのに対して、「量子重ね合わせ」といった量子力学の物理現象を利用して並列計算を実現するのが量子コンピュータの特色です。最初にも言いましたが、毎日ノーベル賞級の発見が生まれるようなものすごいコンピュータになる可能性があります。

例えば、CO2(二酸化炭素)を減らす方法を考える。地球温暖化がこれだけ問題になっているんだから、急いで解決しなければいけないのは明らかです。でもうまくいかない。石油とか石炭を燃やさなければいい。でもエネルギーはどうする? 再生可能エネルギーで代替できるの? そういう議論に終止符を打つ力が量子コンピュータにはあるんです。

解決策としては、太陽光を電気エネルギーに変換する魔法の物質があればいいわけです。それを探索するスピードが、量子コンピュータを使えば、1万倍以上加速する可能性があります。つまり、量子コンピュータは人類の科学の歴史を劇的に加速します。それによって、電気自動車の走行時間が10倍になって、充電の回数が減る。ソーラーパネルのエネルギー交換効率が倍になって、異常気象の問題が解決する。そういうことが起こるんです。

これはAIも同じです。AIも人類を進化させているわけです。自動車とか電気とかAIとかって、全部一緒で、人類と一緒に進化していくと思っていて……。AIが賢くなることによって人間が賢くなって、人間が賢くなることによってまたAI賢くなる……というサイクルに入るから、指数関数的に人類の進化を速くするんですよね。

講演風景4

量子コンピュータの進化の先に「Well-being」がある

量子コンピュータも同じで、さっき言ったように、これからの科学技術が量子コンピュータを使うことによって進化して、進化するとまた量子コンピュータが進化してっていう風に加速度的によくなるプラットフォームが生まれます。その先に、見据えるのが「Well-being」です。つまり、健康や幸せですね。

世の中が豊かになれば、お金のことばかりを気にせずに生きられる時代が来ますよね。そうなればみんな、よりWell-beingを大切にして、生きるようになると思います。

そこで、AIやプログラミングに興味がある皆さんに、ぜひ考えてもらいたいことがあります。人類はすでにすさまじい勢いで進化してるわけじゃないですか。もうみんな忙しいじゃないですか。YouTuberの数はどんどん増えるし、遊ばないといけないゲームの量はどんどん増えてるし、人類はもっともっと新しいもの新しいものっていうのを次から次へと生み出して、明らかに消化しきれないレベルになっていますよね。

人類は、これ以上進化して何がしたいのかを考えないといけない。AI時代に考えるべきなのは、実は次のテクノロジーのことではなくて、人類のWell-beingについてなのかもしれません。

講演風景5

質疑応答

Q
理論物理学って理系寄りのイメージがあって、Well-beingや幸せなどは逆に論理で説明できない抽象的なイメージだと思うんです。
理論物理学者の北川さんは、どういった経緯で研究をするようになったんですか?

A
Well-beingの研究はちょうど5年ぐらい前に、ライフイズテックの水野代表とも共通の知り合いである石川善樹さんという人と一緒に立ち上げました。石川さんは、ハーバード時代の友達で、僕が学部生だった頃、公衆衛生学のマスターコース(大学院修士課程)に通っていました。彼の関心が「Well-being」だったので、その影響が一番大きいですね。

あと、僕はもともと「価値とは何か」という問いが大好きなんです。それで僕は、大学院まで自然科学を学んで、テクノロジーとは資本主義の中でどのような価値を持つのか理解する研究をしてきたわけです。そこでふと思ったのが、自然科学には、人間が含まれていないということ。自分自身がどう幸せになるか、どうWell-beingな状態でいるかっていうことを自然科学の手法で理解する研究がほとんどないんです。それはすごくもったいないことだと思ったんです。

そこで、自然科学の手法を究めれば理解を深めることができるはずだと自分的には思っていて、それができないのはデータが足りないからだという仮説を立てました。企業で働いたのは、Well-beingに関するデータを集めたかったという目的もあります。

本来的に人類は「お金」のために生きているのではないのだから、もっとWell-beingへの理解が深まってもいいはずです。なのに、「お金」の研究ばかり進んでいますよね。その理由は、「お金」は数えることができて、Well-beingは数えることはできなかったからだっていうのが現状の結論です。

Q
ライフイズテックのキャンプで、AIクリエイティブコースを取っています。
最近、ChatGPTや画像生成AIが発展していると思います。AIがものすごいお金を生み出すための道具になるという考えもあります。
北川さんは、AIとWell-beingをどう結びつければ、より根本的な人の幸せというものに近づいていくことができると思いますか?

A
深い質問ですね〜。やっぱり、いくつかのレベルでAIって大事になるなと思っていて……。ひとつ言えるのは、AIってなんでも自動化してくれるので、人間側に時間が生まれたり、お金が生まれたりしますよね。なので、お金と時間に縛られなくなった人間は、より人間らしいことに集中するようになるんじゃないかと思います。
つまり、AIを駆使することによって、人間はより人間らしさというものにもう立ち返らざるを得ない状況が来るのは間違いありません。だから、もっとAIをめちゃくちゃ使ってヒマになって、Well-beingについて、みんなで考えましょうと言いたいですね。

北川さん、貴重なお話をありがとうございました!

プロフィール

北川 拓也 氏(QuEra Computing 戦略顧問、元楽天常務執行役員CDO)

経営者。ハーバード発の米国量子コンピュータースタートアップであるQuEra computingの戦略顧問。Well-being for planet earth、雲孫財団共同創業者。元楽天常務執行役員、CDO(チーフデータオフィサー)兼楽天技術研究所グローバル所長。グループ全体のAI・データ戦略・研究の実行を担い、日本を含む、アメリカやインド、フランス、シンガポールを含む海外5拠点の組織を統括した。過去に物性物理の理論物理学者として、非平衡のトポロジカル相の導出理論を提案。ハーバード大学数学・物理学専攻、同大学院物理学科博士課程修了。

記事提供

Life is Tech ! (ライフイズテック)

中学生・高校生〜社会人向けのIT・プログラミング教育サービス。2010年にスタートし、これまで100万人以上にデジタルを活用したイノベーション教育を届けている。
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