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【東京大学】無線が新たな情報社会を切り開く 【東京大学】無線が新たな情報社会を切り開く

【東京大学】無線が新たな情報社会を切り開く

成末 義哲 准教授
NARUSUE Yoshiaki
東京大学大学院工学系研究科
森川・成末研究室
専門:無線給電/無線通信/機械学習(時系列データ解析)

AI・データサイエンス系大学・学部の研究室では、どのような研究が行われている? 部屋を見渡せばケーブルやコードが乱雑に散らばっている。このデバイスにはこのコード?もしくはこれ?といった悩みを抱えている人は多くいるだろう。そんな悩みをあっという間に解決してしまうかもしれないのが無線通信・無線給電だ。東京大学大学院工学系研究科の成末准教授に、無線が描き出す未来について聞いた。

無線給電と無線通信の融合で、次世代の社会へアップデート

東京大学大学院工学系研究科の森川・成末研究室では、無線通信・無線給電をメインに、すべてのモノがインターネットでつながる仕組みであるIoT、現実空間と仮想空間の緊密な連携を目指したサイバーフィジカルシステム(CPS)など、これからの情報社会をデザインするための幅広い研究を行っている。次世代のデジタル社会はどうあるべきか、デジタル基盤はどのように社会を変革していくか、という問いに対して明確な指針を与えることが研究の目標だ。

森川・成末研究室の主な研究

「森川・成末研究室では、無線通信、無線給電、データ解析の3つを軸に研究を行っています。無線通信としてはスマートフォンにつながるWi-Fiやイヤホンに接続するBluetoothなど、無線給電としてはスマートフォンの置くだけ充電などを思い浮かべてもらえると、わかりやすいかもしれません。また、機器の高度化、小型化によってあらゆるものが通信によって接続することが可能になると、蓄積されるデータも膨大になってきます。そのため、新たな情報社会をデザインするにあたり、データ解析も欠かせない要素となってくるのです」

そう語るのは、成末義哲准教授。学生時代から無線給電を専門に研究を行い、研究室に所属してからは、通信やデータ解析にも研究範囲を広げていったという。

「無線給電の仕組みとしては、主に①置くだけ方式(電磁誘導)、②共振結合方式、③マイクロ波方式の3つの方式があります。これらの差異としては、設置距離と給電効率になります。①は置くだけになるため距離はほとんどなく、最も給電効率が高くなります。②は数十センチの距離を空けることが可能で、①と比較すると給電効率は下がりますが、水準としては申し分ありません。③は数十メートルの距離を空けることができるため、前述の2つとはまったくレベルが異なります。しかしながら、給電効率はガクッと下がってしまうという課題があります」

無線給電の主な方式

無線給電における距離と給電効率はトレードオフの関係。距離を空ければ給電効率は下がってしまうため、マイクロ波方式の社会実装への道のりは厳しい実情がある。しかし、マイクロ波方式の給電システムが実用化すれば、社会を大きく変革する力があると成末准教授は言う。社会に存在する多くのモノが無線で接続し、有線で接続することに疑念を抱かざるを得なくなる未来がやってくるかもしれないというのだ。そんな夢のような社会を実現すべく、成末准教授は、無線通信と無線給電が、まるでひとつのシステムであるかのごとく高度に融合する次世代無線方式の研究開発に取り組んでいる。

無線給電と無線通信の融合で、次世代の社会へアップデート

「無線通信とマイクロ波方式の無線給電の融合の先にどのような価値を創出していくのかを考えることと同じくらい、どのように共存させていくかという課題に解決策を与えることも喫緊の課題です。マイクロ波給電システムの運用が可能となったのは、法改正があった昨年のこと。無線通信に比べ、マイクロ波方式の無線給電は膨大な電力を空間中に発するため、人体への影響も考慮しなければなりません。また、無線給電が通信を妨害しないようにするための技術を確立していく必要もあります。まだまだ研究課題が山積みの状況です」

最も距離を広げることができる無線給電の仕組みとしては、宇宙で太陽のエネルギーを集約し地上に送る「宇宙太陽光発電システム」という非常に壮大であるが、理論上は実現可能な構想もあるという。しかし、森川・成末研究室が想定している無線の活用範囲は、工場やオフィスなどの規模がメイン。産業を下支えし、生産性を向上させていくことを目指している。

「工場などにおいて大規模な電力を要する場合には、有線で接続することが求められるかもしれません。しかし、そのような場合を除き、無線でも接続可能な場面では、当たり前に無線が活用されるようになると考えています。無線は接続が切れやすいなどのイメージを払拭し、誰もが安心してストレスなく使える無線環境を目指しています。ストレスフリーな環境や効率化の先に、産業における生産性向上を見通せるといいですね」

データ活用やコンピューティングの精度向上で、スマートな環境づくり

前述したように、社会におけるIoT(モノのインターネット)の取り組みが加速するなか、データ解析はますます重要になってきている。成末准教授によれば、それは無線の研究においても同様。膨大なデータを効果的に活用していくことや、そのためのコンピューティング力の向上が大切になってくるという。

「無線通信・無線給電の技術だけが高度化しても、無線でつながったモノが価値を創出するための技術基盤を整備しないと最終的には意味がないと考えています。例えば、5Gネットワークや風力発電機などに向けた異常検知機構の開発や、現実世界から収集したデータを用いて仮想空間に同じ環境を再現する『デジタルツイン』の構築には、高度なデータ解析技術が必要不可欠です。我々の研究室では、センサや機器から絶え間なく発生・蓄積する時系列データに特化し、その解析技術の向上に取り組んでいます。リアルタイム性の求められる場面であれば、低遅延で高度な演算処理が求められますし、時々刻々と変化する環境であればその変化を追従する技術が必要になるなど、取り組むべきことが多く残されています」

クラウドロボティクスの仕組み

現在は、カメラの映像などをすべてクラウドにアップロードして、クラウド側で推論を行い、ロボットにフィードバックするクラウドロボティクスに関する研究を行っているという。高度な計算やデータ解析をデバイス側で行うのではなく、クラウド側で行っていくというわけだ。そうすることで、5Gや6Gなど通信速度の向上に伴い、非力なデバイスであるにもかかわらず、あたかも高性能なGPUサーバで処理したかのような演算速度が実現するかもしれない。さらに、コンピューティングのリソースを複数のデバイスで共有することも夢ではないという。

「無線通信の高度化に伴い、計算機の使い方も変化してくるのではないかと考えています。インターネットに接続した膨大な数のPlayStation 3で分散コンピューティング環境を構築するプロジェクトが以前あったのですが、それにヒントがあるかもしれません。無線を介して巧みな協調動作を実現することで、想像もつかないプロダクトが生まれる可能性があるのです」

デジタル基盤はさまざまなものの基盤となるため、あらゆる産業や人々の生活を支え、よりよく社会を改善していく。街中を歩いていたら、いつのまにかスマートフォンが充電されていた!というような世界が実現するかもしれないというからおもしろい。

「誰にとっても使いやすい」が世界を変える

成末 義哲 准教授

「今日のIoTなどが目指す世界は、デジタルの世界が現実空間のモノと融合することで変革をもたらすものといえます。森川・成末研究室では、社会実装を意識しながら研究を行っているので、実物を蔑ろにせず、モノづくりは重要であるという共通認識を持っています。ユーザー、エンジニアなど、誰にとっても使いやすいものでないと、世界に広がっていくモノにはなっていきません。ユーザーにとって使いやすくても、エンジニアがシステムを構築する段階において労力が大きい場合には、そのプロダクトは広まらないですし、サービスやプロダクトを提供する企業も多くの人に届けることが困難になります」

デジタル基盤が誰にとっても使いやすい技術になったとき、森川・成末研究室の理想像である、IoT/M2M(Machine to Machine)時代の情報ネットワーク社会、ICTが真に社会に溶け込んだ状態が実現する。「使い方がわからない」「なんだか怖い」「使うまでが面倒くさい」などのネガティブな側面を少しずつ減らしていくことが重要だという。

「エンジニアやデザイナー側の負担を減らすための取り組みのひとつとして、置くだけ方式や共振結合方式の中に入っているコイルの設計を自動で行う技術を開発しています。コイルの自動設計については、最終的にシステム全体を自動で構築していければと考えています」

「誰にとっても使いやすい」を目指す成末准教授。無線給電がなかなか拡大していかない現状において、やはり「使いにくい」という実情がまだまだあるのではないか、と指摘する。

「ケーブルをつないだ方がまだまだ楽に感じる方もいると思います。有線であれば、つなぎながらでも使えますよね。しかし、置くだけ方式の場合、その場所に置いていないといけない。充電スポットから離れてしまうと充電が中断されてしまうわけですから、そうなると、使用するたびに充電スポットの上にピッタリ置き直す必要があり、その回数が増えるほどユーザーにとって負担となるのではと考えています。この問題意識から、スマートフォンを机の上に置くと充電スポットまで勝手に移動させてくれるデモシステムの開発を我々の研究室で行いました。ユーザーインターフェイスの部分は、無線通信・無線給電を社会に浸透させていくなかで非常に大切なポイントになると私は考えています。その点において、有線は本当に優れているのです。ケーブルにつなぐと充電されている感がありますよね。それは本当にすごいことだと思います」

無線給電+力のデモシステム

研究を行っていくなかで有線すごい!と思うシーンは多々あると話す成末准教授だが、無線で接続することによって快適になる環境も多くあると語る。有線と無線は適材適所。社会での活用はバランスが大切なのだ。

「ただちにすべてのものを無線化・デジタル化すればいいとは考えていません。最終的には、有線やアナログの方が適しているサービスやプロダクトも多くあります。誰にとっても使いやすい形で共存し、連携していくことが望ましいのだと思います。これからの情報社会をどのようにデザインしていくかを考えることも必要ですね」

「誰にとっても使いやすい」が世界を変える

未来を変える挑戦を一緒に

成末准教授によれば、現代は、まだ有線と無線が混在する「無線化過渡期」であり、「デジタル化過渡期」にすぎないという。かつてインターネットや携帯電話が社会を大きく変革したように、無線通信・無線給電も社会を大きく変容させるポテンシャルを秘めているのだ。森川・成末研究室は、さまざまな研究分野に取り組み、これからの情報社会のあるべき姿の糸口を幅広い領域から模索している。

法改正により国内法が整い、マイクロ波方式の無線給電システムが運用可能となるなど、無線通信・無線給電の研究者、また、森川・成末研究室にとっても追い風が吹く状況であることは事実。昨今の状況は、DXを下支えする基盤として、無線給電が重要だと認められたという証左ではないかと成末准教授は語る。

「学生には、狭く深く研究を行っていくだけではなく、多くの分野を学びながら、さまざまな可能性を模索してほしい。我々の研究室もそのような体制が整っており、多分野に開かれた研究室となっています。Beyond 5Gや6Gの未来を見据えた、産学連携の取り組みも盛んです。企業とのコラボレーションに興味のある人にも我々の研究室はおすすめできると思います。常識が変わっていく瞬間や、無線を用いて誰もが快適に過ごせる未来をつくり出していく。その挑戦を楽しんでほしい。未来を変える研究に一緒に取り組みましょう」

研究室の詳細

東京大学大学院工学系研究科 森川・成末研究室

無線通信、無線給電、データ解析の3つを軸に、デジタル社会がどのように変革していくかに思いを巡らせながら、5G/Beyond 5G/6G、IoT(モノのインターネット)、クラウドロボティクス、無線通信・無線給電、情報社会デザインなどの研究を行っている。
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東京大学大学院工学系研究科 森川・成末研究室

Text by 仲里陽平(minimal)/Illustration by カヤヒロヤ

UNIVERSITY INFO

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東京大学工学部
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